「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

『鎌倉・室町の群像伝』八十一”宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)“宗峰妙超(1282~1337)鎌倉・南北朝初期の臨済宗の禅僧。京都紫野大徳寺開山

2016-10-25 04:34:11 | 鎌倉室町の群像

『鎌倉・室町の群像伝』八十一”宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)“
宗峰妙超(1282~1337)鎌倉・南北朝初期の臨済宗の禅僧。京都紫野大徳寺開山。勅諡号大灯国師。
播磨国揖西郡出身。11歳の時書写山に上がり戒信につき戒律を学び。その後、鎌倉の建長寺に赴き、ついに同地に万寿寺で高峰顕日に参禅し修行の成果を認められるが、さらに南浦に師事し、26歳の時に法を継ぐ。その後、京都東山雲居庵に隠棲をするが、1315年頃に紫野に移り大徳庵を創始、正和四年(1326)に大徳寺を創建した。方便を用いず正面より禅の極致を打ち出し、厳しく他人に接し、深く自己の悟境を掘り下げることを重視する修善専一の禅を掲げ花園天皇を始め多くの参禅者が集まった。※大徳寺・京都は紫野大徳寺にある臨済宗大徳寺派の本山。宗峰妙超が創建、赤松則村に帰依を受けて庵を結んだことに始まる。花園・後醍醐天皇の帰依もあり「五山之一」と言う位置付けになったが、室町時代には地位は下がり、第九位になった。応仁・文明の乱で衰退したが一休や堺の豪商尾和宗臨の援助によって復興された。※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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