「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

「神仏霊場巡り」熊野本宮・旧官幣大社・平安時代の「蟻の熊野詣」熊野本宮は京より遥か遠い往復一カ月を要する神仏習合の聖地、修験道の霊地である。

2017-06-15 11:25:03 | 史跡探訪
「神仏霊場巡り」熊野本宮・旧官幣大社・平安時代の「蟻の熊野詣」熊野本宮は京より遥か遠い往復一カ月を要する神仏習合の聖地、修験道の霊地である。熊野三山は本宮・速玉・那智大社化の形成されている。紀伊半島から西側に南下し、田辺から入る中辺路(筆者も少し歩いた)高野山からの小辺路、大峰山からの行者道、伊勢からの伊勢路を古代の人々は熊野に目指した。祭神は中央本殿(第三殿、証誠殿)には家都美御子大神(素盞鳴尊・本地は阿弥陀如来)相殿の第一殿(西側前)熊野牟須美神(伊奘冉尊・本地は千手観音)事解男神、第二殿(中御前)には、御子速玉之男(本地は薬師)・伊奘諾尊を祀る。第四殿には天照大神(本地は十一面観音)を祀る。以上を上四殿と言う。後第五殿から第十二殿までを中・下に各四社を祀り合わせ熊野十二社権と言う。鎌倉時代には時宗の開祖一遍上人が参篭し阿弥陀仏を感得したという。所が熊野本宮大社は明治二十二年(1889)熊野川の洪水で社は流され、現在の地に移築された。熊野川と支流の合流の中州にあった場所は今は「大斎原(おおゆはら)」として大切に守られている。熊野速玉大社、熊野那智大社に比べ本宮は古式蒼然として鎮座し霊気が漂う気がする
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