ひこいちの史跡探訪

人生は旅・歴史は時間の旅。

「「神仏霊場巡り」宝鏡寺・京都市上京区にある禅宗寺院。宗旨は臨済宗系の単立。近世には皇女が入寺する尼門跡寺院であっ

2016-10-17 04:06:53 | 神仏霊場巡り

「「神仏霊場巡り」宝鏡寺・京都市上京区にある禅宗寺院。宗旨は臨済宗系の単立。近世には皇女が入寺する尼門跡寺院であった。光厳天皇皇女の華林宮惠厳は、無学祖元(鎌倉円覚寺開山)の弟子にあたる尼僧・無外如大が京都の五辻大宮(現・京都市上京区)に開いた尼五山筆頭景愛寺の六代寺持であった。 室町時代の応安年間(1368年 - 1375年)、伊勢の二見浦にて漁網に掛かった聖観世音菩薩を景愛寺子院の建福尼寺に安置し、建福寺を改めて宝鏡寺と称した。これには、足利義政の娘が文亀年間(1501 - 1504年)に再興したとする別伝もある。足利義満の時代、隣地には小川御所があったとされ、義満母の紀良子、義満実弟の満詮の別宅だったというが、応仁の乱(1467年-1477年)の折、戦禍から後土御門天皇、足利義政室の日野富子が逃げ込んでいた。後に後嗣を巡る争いで御殿は焼かれてしまい、跡地は宝鏡寺に取り込まれた。正保三年(1646年)、後水尾天皇皇女の理昌女王(久厳尼)が入寺して以降、代々の皇女が入寺する尼門跡寺院となり、土地の名前から「百々御所」(どどのごしょ)とも呼ばれたが、天明8年(1788年)焼失。以降再建された現在の建物群は尼門跡寺院の構成をよく伝えている。宝鏡寺に訪れても境内や堂内は拝観できない。朱印も寺院の脇から入った所でしてもらった。※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「一ノ宮巡り」播磨国一ノ宮... | トップ | 『鎌倉・室町の群像伝』73”... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL