ひこいちの史跡探訪

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『鎌倉・室町の群像伝』六十九“日朗“ 日朗(1245~1320)鎌倉中期・後期の日蓮宗の僧。筑後房、大国阿闍梨と号す。

2016-10-13 04:13:04 | 鎌倉室町の群像

『鎌倉・室町の群像伝』六十九“日朗“
日朗(1245~1320)鎌倉中期・後期の日蓮宗の僧。筑後房、大国阿闍梨と号す。若くして日蓮の門に入り、その信頼を得て有力門弟となる。文永八年(1271)日蓮教団の弾圧事件の際には鎌倉の土牢に繋がれた。日蓮の死後に当たって本弟子の六人の一人。鎌倉の比企谷に法華堂(妙本寺)を建立、そこを拠点に比企谷門流と称される一派を成した。門流から日像・日静など京都進出の尖兵となった。温厚な人柄と伝えられ、日蓮没後、幕府の弾圧に対しては、天台沙門と称して難を逃れている。※妙本寺、鎌倉市大町にある日蓮宗妙本寺派本山。比企能本の館を日朗が寺に改めたと言う。日朗門流の拠点寺院として発達していった。東京池上長栄山本門寺と千葉平賀の三長三本と呼ばれた。足利尊氏には加護を受け、供僧職を設置、安堵されている。
※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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