「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

「京都古社寺探訪」瀧尾神社・京阪東福寺下車から旧街道の面影を残す本町通りを北へ歩くと、住宅街のなかに突然、立派な鳥居とたくさんの提灯に囲まれ

2017-07-01 05:05:13 | 温故知新
「京都古社寺探訪」瀧尾神社・京阪東福寺下車から旧街道の面影を残す本町通りを北へ歩くと、住宅街のなかに突然、立派な鳥居とたくさんの提灯に囲まれた瀧尾神社が現れます。
神社の創建や由来はよくわかっていないが、平安末期に起きた源平の争乱を描いた『源平盛衰記』に、こちらの旧名「武鶏ノ社(後に多景の社)」が記されており、平安時代にはすでに存在していたと考えられている。
天正十四(1586)年の豊臣秀吉の方広寺大仏殿建立に伴って現在地に遷座したとも、皇室にゆかりの深い泉涌寺の僧が守るところの社であったともいわれている。江戸時代初めの宝永年間(1704~11)に幕府の命令により改築され、多景の社から瀧尾神社と改名されました。
祭神は大己貴命と、弁財天、毘沙門天の三神です。瀧尾神社を訪れたら、境内の絵馬舎に必見である。呉服屋時代の店頭や店舗ビルの写真など、大丸百貨店ゆかりの絵馬が3枚奉納されています。
なぜここに、そんな絵馬があるのかといいますと、家業の呉服屋を大きく発展させ、現在の大丸百貨店の基礎を築いた人物が、自宅のあった伏見区京町から行商へ行く途中に、毎朝欠かさず瀧尾神社に参拝していたからなのです。
大丸創業家では、すべての繁栄は瀧尾神社の御利益のおかげと今なお厚い信仰を寄せ続けています。


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