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「一ノ宮巡り」丹波国一ノ宮・出雲大神宮・祭神大国主命・三穂津姫尊 京都府亀岡市千歳町千歳出雲・

2016-10-19 04:03:17 | 一宮探訪

「一ノ宮巡り」丹波国一ノ宮・出雲大神宮・祭神大国主命・三穂津姫尊
京都府亀岡市千歳町千歳出雲・式内社・旧国弊中社・京都府亀岡市にある神社で別称は元出雲・千年宮とも言われ、「大八洲国国祖神社」と言った。亀岡盆地の東に立つ御蔭山の山麓に鎮座し御蔭山を御神体とする。「元出雲」の別称は、出雲大社は当社からの分霊とする説に由来をする。今現在の出雲大社は明治時代まで杵築大社と呼ばれていた。江戸時代末までは出雲神社と言えば当社を指した。社伝によれば和銅二年(709)社殿が建てられたとする。『記紀』によれば国譲りの神事が行われたと云うが丹波国は出雲、大和の中間点にあって勢力の接点があって、国譲り由縁で祀られた。境内に横穴式石室や後期古墳や付近に丹波最大の前方後円墳が有り、古くより先住し土着した氏族の崇敬した御神体と考えられる。『続日本後記』『三代実録』には神階は正応五年(1292)正一位の叙せられた。寿永三年(1184)源頼朝は院宣によって玉井四郎資重の乱行を停止させた。当時は丹波国一ノ宮として、蓮華王院の御領として平安から鎌倉期にかけて相当の社勢を誇ったものとみられる。北条泰時は神領安堵を下知し、足利尊氏は貞和元年(1345)社殿を修理、修補をしている。★祭神大己貴神は『古事記』には大国主神として最も多く登場する神ので国津神の代表格である。出雲国の主神、スサノオ神の子とも六世の孫とも言われ、少彦名神と共に協力して葦津中国を開き平定した。説話の大黒さんとして、医薬の道などを教え、国土を天孫ニニギ神に譲って杵築の地に隠退、出雲大社に祀られている。説話に因幡の白兎が有名である。三穂津姫は日本神話に登場する神である。高皇産霊尊の娘で、大国主神の后。『日本書紀』の葦原中国平定の場面のみ登場する。高皇産霊尊が大物主神にたいして「もしお前が国津神を妻とするなら、まだお前は心を許していないだろう。私の娘の三穂津姫を妻とし、八十万神を率いて永遠に皇孫に為にお譲りせよ」と詔した。
※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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