「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

「二十二社巡り」石上神社・奈良市と桜井市を結ぶ山辺の道『日本書紀』に登場する古代の道の天理教本部の少し山手に上がった所

2017-07-12 05:06:45 | 温故知新
「二十二社巡り」石上神社・奈良市と桜井市を結ぶ山辺の道『日本書紀』に登場する古代の道の天理教本部の少し山手に上がった所に日本最古の神社が鎮座する。
『延喜式』には「石上坐布都御魂神社」とある。主祭神は布都御魂大神・布留御魂大神・布都斯魂大神で布都御魂大神とは建御雷神が所有する神剣「韴霊」の事で崇神天皇の御世に宮中に祀られていた剣を物部氏の祖、神剣「韴霊」の事で崇神天皇の御世に宮中に祀られていた剣を物部氏の祖、伊香色雄命に命じて石上の高庭に遷し祀らせたという由来によるものである。
由来によるものである。
物部氏は石上神宮を氏神として仰ぐようになった。その後代々物部氏が歴代奉仕することになり『垂仁紀』には五十瓊敷命が剣千口を作り神倉に納めたという。
桓武天皇の平安遷都に際し神宮の神宝を京に移すことがあり、後に天羽斬剣、天日槍の神宝寄贈合わせて、古代の武器庫と言うべき御神宝類を蔵していた。平安末期、白河は鎮魂祭のために、宮中の神嘉殿を拝殿として寄進寛治六年((1092)には上皇と共に参詣をした。
石上神宮は鎌倉時代末には衰退甚だしく抗争を繰り返した。中、近世には戦火、神領没収などで衰退していたが、明治になって神宮号の複称も許され社運も盛り返した。明治七年(1874)「韴霊」が埋斎されている社伝である禁足地に神剣が出土した。その後本殿を出土した場所に建てられた。
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