ひこいちの史跡探訪

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『鎌倉・室町の群像伝』七十六”瑩山“ 瑩山紹瑾(1268~1325)曹洞宗の僧。高祖道元に対して、太祖と呼ばれている。

2016-10-20 04:27:02 | 鎌倉室町の群像
『鎌倉・室町の群像伝』七十六”瑩山“
瑩山紹瑾(1268~1325)曹洞宗の僧。高祖道元に対して、太祖と呼ばれている。越前多禰邑の出身で、幼名は行生。弘安三年(1280)永平寺孤雲懐奘について得度し、徹通義介や宝慶寺寂円、臨済僧の東山湛照・白雲・無本らにも学んだ。後に義介とともに加賀大乗寺に移り、その後継者となり大乗寺二世となった。1313年能登の永光寺、1321年総持寺を開創。両寺それぞれ明峰・峨山の二代弟子によって引き継がれ、曹洞宗教団の大多数の寺院を統括する拠点寺院になった。ほかにも阿波城満寺・加賀浄住寺・能登光孝寺等の開山となる。教化理念として、密教色導入、在家主義、とくに女人救済に特色があるとされる。臨済僧との交流を通じて得た禅問答により自己究明を図る公案禅の宗風も併せ持っている。峨山ら多くの弟子を育てて曹洞宗の地方展開の基礎を確立した。「伝光録」「瑩山清規」『報恩録』などの著書がある。※総持寺・曹洞宗の大本山で、能登国櫛比村(現石川県鳳至門前町)で行基開創とされ真言宗寺院諸嶽寺観音堂を瑩山が1321年に譲り受けて禅寺に改めた。1898年伽藍焼失の為に1911年横浜に移転された。※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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