ひこいちの史跡探訪

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『浪速史跡めぐり』難波神社・大阪都心を貫く御堂筋に面し、博労稲荷と呼ばれる「難波神社」の祭神は仁徳天皇、素盞鳴命、倉稲魂尊

2016-10-13 04:25:24 | 浪速史跡巡り
『浪速史跡めぐり』難波神社・大阪都心を貫く御堂筋に面し、博労稲荷と呼ばれる「難波神社」の祭神は仁徳天皇、素盞鳴命、倉稲魂尊で社伝に拠れば「反正天皇」の時代に遡るという。
河内国丹比柴蘺宮に遷都したときに同地の創建し、朱雀天皇の摂津の国の総社として大江の坂平野郷に遷したという。その後大阪城築城のときに現在の地に移された。所が第二次世界大戦で焼失し昭和四十九年に再建されたという。
摂社に神社の西側にある、博労稲荷が浪速の町が栄えるに従って仙波の豪商を中心となって稲荷信仰が増えていった。古記録にも「稲荷社」「稲荷宮」として呼ばれた。
末社の金刀比羅神社があって由来が不明であるが江戸時代より祀られてる。
又末社十四柱相殿神社は災害、戦災などで移転併合で合わせて合祀されたようである。
※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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