「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

「西国四十九薬師巡り」久安寺・高野山真言宗・大阪府池田市伏尾町・●近衛天皇の勅願所

2017-02-22 04:23:30 | 史跡探訪
「西国四十九薬師巡り」久安寺・高野山真言宗・大阪府池田市伏尾町・●近衛天皇の勅願所として再興。久安寺は、神亀二年(七二五)に僧行基によって開かれたと伝えられ、天長年間(八二四~三四)には、弘法大師が真言密教の道場として中興、安養院と呼んでいた。久安元年(一一四五)には、賢実上人が近衛天皇の勅願所として再興、楼門、金堂、搭などの伽藍と、四十九の坊舎を建立し、久安寺と号した。豊臣秀吉はここで月見や茶会を楽しんだと言われている。そのときの手植のかや榧の木や腰掛石が残されている。江戸中期には、歌人の平間長雅がこの寺に在住し、寺の興隆に力を尽くしました。現在は霊園事業を基に昭和の興隆事業を起こし、曼荼羅思想によって諸堂や庭園を整備している。お参りは、国の重文に指定されている楼門から始まり、楼門は久安元年に建立されたもので、近衛帝の勅願額を掲げている。昭和三十四年(一九五九)に解体調査をされ、室町初期に大修理されたことが分かり、室町の彫刻である金剛仁王尊を安置している。楼門をくぐれば、苔むす石垣、楓の老木が古刹の雰囲気を漂わせ、参拝の方々を迎えます。楼門から北に三百五十メートルの参道が金堂跡まで続いています。一万坪を越える境内には、季節の花々が咲き乱れ、趣き深い庭園が広がる。薬医門の奥には、小坂院が本坊として残っています。小坂院は、賢実上人が再興した四十九の坊舎の一つで、往時を偲ぶことができる。※歴史の学ぶ 先人の教訓と智恵。
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