「温故知新」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

「西国観音三十三所巡り」西国観音札所第四番札所、施福寺は金剛葛城山系の槙尾山(約500M)の山頂近くにあって、西国観音巡拝

2017-04-22 04:23:03 | 史跡探訪
「西国観音三十三所巡り」西国観音札所第四番札所、施福寺は金剛葛城山系の槙尾山(約500M)の山頂近くにあって、西国観音巡拝で難所の所、駐車場から寺院まで四,五キロはあるのでは、健脚でも三〇分は掛かり、四十五分で施福寺に辿り着けた。施福寺は天台宗、本尊は十一面千手観音菩薩、この寺院の創建は古くは葛城修験系の寺院として創建、欽明天皇時代に播磨国加古郡の行満上人が創建したと伝えられる。千手観音についてこのような説話が残されている。宝亀二年(771)槙尾山寺に住んでいた摂津国の僧、法海のもとに、風体の悪い修行僧が現れ、夏の期間だけ、この寺で過ごさせてくれと頼んだ。その修行僧は熱心に行に励んだ。やがて辞去する際に。客僧は帰りの旅費を乞うた、それは寺僧は断った。客僧は怒りだし「この寺にはこの寺は見かけばかりで真の修行者はいない。やがて滅ぶだろう」と言って去った。驚いた寺僧は後を追って行くと、遥か海上を沈みもせず歩く修行僧を見て、観音の化身と知って千手観音菩薩を刻んだという。その他役行者・行基・空海、などの伝説が残されている。南北朝時代には戦火を受け衰退したが德川家の援助で復興がなされた。
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