「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

「古社寺探訪」石切劔箭神社・大阪府東大阪市にある神道石切教の神社。 延喜式神名帳に記載されている河内郡の式内小社

2016-12-10 04:09:39 | 史跡探訪
「古社寺探訪」石切劔箭神社・大阪府東大阪市にある神道石切教の神社。 延喜式神名帳に記載されている河内郡の式内小社(旧社格)。「石切劔箭命神社二座」。祭神は饒速日尊・可美真手命(饒速日尊の御子)「石切大明神」と総称される。「石切さん」「でんぼ(腫れ物)の神様」として親しまれ、本殿前と神社入り口にある百度石の間を行き来するお百度参りが全国的に有名。 創建年代は、火災により社殿及び宝庫が悉く消失したため詳らかではないが、 代々の社家「木積」家には、皇紀二年に生駒山中の宮山に可美真手命が饒速日尊を奉祀されたのを神社の起源とし、崇神天皇の御世に現本社に可美真手命が奉祀されたと伝わる。 現在確認できる文献では、日本三代実録(巻十一)に「貞観五年九月二十二日に河内国正六位の石切劔箭神社従五位下を授く」との記述がみられ、延喜式神名帳にも「石切劔箭命神社二座」とみられる。 宮山の地にあった祭祀の場は、いつの頃か現上之社の場所に遷され、さらに明治三十八年には現在の本社本殿に合祀された。 その後も、上之社のあった土地は、奥の院として信仰を集め、いよいよ再興の気運が高まり、昭和七年に解体保存されていた本社の旧本殿を上之社に移し、昭和四十七年に往古の姿を取り戻した。★歴史が綴る、伝統文化を、未来に語る継ぐ。
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