「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

『鎌倉・室町の群像伝』九十九”日像“ 日像(1269~1342)鎌倉時代の日蓮宗の僧。俗姓は平賀氏。

2016-11-12 04:19:08 | 鎌倉室町の群像

『鎌倉・室町の群像伝』九十九”日像“
日像(1269~1342)鎌倉時代の日蓮宗の僧。俗姓は平賀氏。幼名は経一丸。下総国の出身。房号は肥後房。肥後阿闍梨と称される。四条門流の祖。建治元年(1275)日蓮の弟子で叔父の日朗に師事した。その後、日蓮の弟子となり、経一丸の名を与えられ、玄旨伝法本尊と呼ばれる曼荼羅本尊を授けられた。1293年日蓮の遺命を受け、京都での布教を決行した。途中、日蓮の足跡を巡り佐渡へ到着し法華経の布教をしたところ、石動山の僧・満蔵(日乗)が弟子となった。1294年上洛して間もなく、禁裏に向かい上奏する。その後、辻説法を行い柳屋仲興、大覚寺の僧・大覚らから帰依を受ける。1307年延暦寺、東寺、仁和寺、南禅寺、相国寺、知恩寺などの諸大寺から迫害を受け、朝廷に合訴され、京都から追放する院宣を受けた。追放中、真言寺の住持・実賢、極楽寺の住持・良桂、歓喜寺の住持・実眼らと法論を行い折伏した。1309年赦免され、京都へ戻る。1310年諸大寺から合訴され、京都から追放する院宣を受けた。1311年赦免され、京都へ戻る。1321年諸大寺から合訴され、京都から追放する院宣を受けたが、直ぐに許された。その後、後醍醐天皇より寺領を賜り、妙顕寺を建立した。1334年後醍醐天皇より綸旨を賜り、勅願寺となる。※妙顕寺は京都は上京区妙顕寺前町にある。日蓮宗日像の創建。1321年後醍醐天皇から布教の許可の得た、御溝の傍ら、今小路に寺領を与えられたと言う。
★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。
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