「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

西国四十九薬師巡り」大覚寺・京都市右京区嵯峨にある、真言宗大覚寺派大本山の寺院。

2017-07-27 04:34:31 | 温故知新
「西国四十九薬師巡り」大覚寺・京都市右京区嵯峨にある、真言宗大覚寺派大本山の寺院。
本尊は不動明王を中心とする五大明王、開基は嵯峨天皇である。
嵯峨天皇の離宮を寺に改めた皇室ゆかりの寺院である。また、後宇多法皇がここで院政を行うなど、日本の政治史に深い関わりをもつ寺院である。
また、嵯峨天皇に始まるという華道嵯峨御流を今に伝える寺でもある。嵯峨野の北東に位置するこの地には、平安時代初期に在位した嵯峨天皇が離宮を営んでいた。
嵯峨天皇の信任を得ていた空海が、離宮内に五大明王を安置する堂を建て、修法を行ったのが起源とされる。
嵯峨天皇が崩御してから三十数年後の貞観十八年(876年)、皇女の正子内親王(淳和天皇皇后)が離宮を寺に改めたのが大覚寺である。
鎌倉時代になると、亀山法皇や後宇多法皇が入寺し、ここで院政を行ったため嵯峨御所とも呼ばれた。
なかでも、後宇多法皇は伽藍の整備に力を尽くしたため、「中興の祖」と称されている。亀山法皇・後宇多法皇の系統は当寺にちなんで「大覚寺統」と呼ばれ、後深草天皇の系統の「持明院統」と交代で帝位についた。



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