「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

『浪速史跡めぐり』浪花三大橋・天満橋、天神橋、難波橋で浪速大阪の賑わいと重要な橋だった。天満橋の東側には東町奉行所が置かれていた

2017-07-01 04:44:00 | 温故知新
『浪速史跡めぐり』浪花三大橋・天満橋、天神橋、難波橋で浪速大阪の賑わいと重要な橋だった。天満橋の東側には東町奉行所が置かれていた。
江戸時代には東の天満橋の辺りまで中州「天満砂洲」があって中之島の砂洲が東に延びて天満砂洲が消えていった経緯が時代の絵図で分かる。
天満橋は天満と船場を結ぶ橋、天神橋、難波橋と歴史は古く、木造の橋は幾度も流された。明治八年の明治大洪水の後鉄筋に架け替えられた。
天神橋は豊臣時代天満宮の所領米で架橋費用が賄われ、天満組惣年寄りの管理になるまで天満宮が通行税を取って橋の修理管理費をしていたが、その後幕府の管理の公儀橋となった。難波橋は奈良時代行基によって架けられたと言う伝説がある。
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