「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

『浪速史跡めぐり』井原西鶴の墓・上町筋は上六を少し西に、谷町筋、松屋町筋と寺町の名所、居並ぶ寺院の誓願寺の山門の両脇に井原西鶴と中川家

2017-06-19 04:50:39 | 史跡探訪
『浪速史跡めぐり』井原西鶴の墓・上町筋は上六を少し西に、谷町筋、松屋町筋と寺町の名所、居並ぶ寺院の誓願寺の山門の両脇に井原西鶴と中川家の石碑が建っている。右手にお堂、まっすぐ行くと墓地に突き当たり、その正面奥に井原西鶴の墓場ある。井原西鶴は寛永十九年(1642)大阪生まれで、近松門左衛門と、松雄芭蕉と並ぶ、元禄時代を文学を代表する人物である。西鶴は41歳で「好色一代男」を著し、浮世草子作家として活躍し、「好色五人女」「世間胸算用」など作品は多数、自由豪放な表現で人気を博した。そんな有名な井原西鶴も明治時代「仙皓西鶴」と刻まれた墓が世に知られたのが、西鶴に傾倒していた明治の文豪幸田露伴が無縁塔に混じっていたのを発見したことが発端になった。また誓願寺には朱子学者中川甃庵の中川家60余の墓があって、並んで西鶴の墓標が建っている。
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