「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

『河内史跡巡り』感応寺・感応寺は古くは恩智神社の神宮寺で、別当坊で六坊の筆頭坊であった

2016-09-18 05:00:31 | 戦後日本史の記憶と記録
『河内史跡巡り』感応寺・感応寺は古くは恩智神社の神宮寺で、別当坊で六坊の筆頭坊であった。恩智の地にいにしえ神武天皇が東征の際、孔舎衛の戦いで、神武天皇が大樹に身を潜めて難を免れた。母の如き恩ある木として「母木」と名付けた、この木のある里を母木里と呼んだに伝わる。その後 聖徳太子がこの地を訪れた時に 大樹が現に枯れていたので、太子は残念がり 、この木を河内の仏師に命じて十一面観音像を刻ませて恩智神社に安置させたが 明治維新の神仏分離令によって、この仏像を感応院に移されて祀られた。寺宝には「絹本着色不動明王像」慈雲尊者の裏書がある「十六善神像」など寺宝が多く残されている。

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