「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

7月12日「温故知新」

2017-07-12 05:07:58 | 温故知新

7月12日「温故知新」
「生國神社」は古代より上町台地に鎮座し、神武天皇が東征の際、国土の神である生島神、足島神をこの辺りに祭ったのが始まりと言う。社殿は戦後のジェーン台風で倒壊し、現在のコンクリートで作り替えられた。生國魂神社は大阪三大祭りの天神祭り・住吉祭りに並んで生玉祭りとして有名で、上方芸能文化発祥の地として、落語の米澤彦八を検証する石碑や浄瑠璃・文楽の祀る「浄瑠璃神社」が鎮座し、都心に有って記疑義が多い茂り、静寂を保っている。

「清水寺」は四天王寺は北の上町台地にあって、浪速の街を見下ろすように、松屋町筋の上側にある。私も幾度となく訪れて、斜面に墓地から下がって所狭しと諸堂が建つ。宗旨は和宗で四天王寺の末寺で、京とは清水寺の音羽の滝に模して「玉出ノ滝」があって、何度訪れて滝行場がる。大阪市内で唯一の天然の滝である。本尊は十一面千手観世音菩薩で浪速っ子に親しまれている。

「深江稲荷神社」はお伊勢参りに必要な「旅笠」深江笠の名所で、浪花っ子はお伊勢参りに、玉造を出でて、深江に立ち寄り「旅笠」深江笠を買って旅支度をしたという。父の先祖代々のゆかりの地で、古来よりこのあたり湿地帯、深江笠の必要な菅・あしが多い茂り、このあたりの百姓が農繁期以外には作り旅人目当てに作り打ったという。奈良街道は生駒の暗峠を越え、伊勢を目指し、旅人が行き交っただろう。


7月12日「温故知新」
「生國神社」は古代より上町台地に鎮座し、神武天皇が東征の際、国土の神である生島神、足島神をこの辺りに祭ったのが始まりと言う。社殿は戦後のジェーン台風で倒壊し、現在のコンクリートで作り替えられた。生國魂神社は大阪三大祭りの天神祭り・住吉祭りに並んで生玉祭りとして有名で、上方芸能文化発祥の地として、落語の米澤彦八を検証する石碑や浄瑠璃・文楽の祀る「浄瑠璃神社」が鎮座し、都心に有って記疑義が多い茂り、静寂を保っている。

「清水寺」は四天王寺は北の上町台地にあって、浪速の街を見下ろすように、松屋町筋の上側にある。私も幾度となく訪れて、斜面に墓地から下がって所狭しと諸堂が建つ。宗旨は和宗で四天王寺の末寺で、京とは清水寺の音羽の滝に模して「玉出ノ滝」があって、何度訪れて滝行場がる。大阪市内で唯一の天然の滝である。本尊は十一面千手観世音菩薩で浪速っ子に親しまれている。

「深江稲荷神社」はお伊勢参りに必要な「旅笠」深江笠の名所で、浪花っ子はお伊勢参りに、玉造を出でて、深江に立ち寄り「旅笠」深江笠を買って旅支度をしたという。父の先祖代々のゆかりの地で、古来よりこのあたり湿地帯、深江笠の必要な菅・あしが多い茂り、このあたりの百姓が農繁期以外には作り旅人目当てに作り打ったという。奈良街道は生駒の暗峠を越え、伊勢を目指し、旅人が行き交っただろう。

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