「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

「神仏霊場巡り」大安寺・奈良市中心部にある高野山真言宗の仏教寺院。本尊は十一面観音。開基は聖徳太子と伝える

2016-11-07 04:12:54 | 神仏霊場巡り
「神仏霊場巡り」大安寺・奈良市中心部にある高野山真言宗の仏教寺院。本尊は十一面観音。開基は聖徳太子と伝える。南都七大寺の一つで、奈良時代(平城京)から平安時代前半は東大寺、興福寺と並ぶ大寺であった。奈良時代の大安寺は東西二基の七重塔をはじめとする大伽藍を有し、東大寺、興福寺と並ぶ大寺院で、「南大寺」の別称があった。南都七大寺のなかでも、七重塔が建っていたのは東大寺と大安寺のみである。奈良時代の大安寺には、東大寺大仏開眼の導師を務めたインド僧・菩提僊那をはじめ歴史上著名な僧が在籍し、日本仏教史上重要な役割を果たした寺院であった。しかし、平安時代以後は徐々に衰退し、寛仁元年(1017年)の火災で主要堂塔を焼失して以後は、かつての隆盛を回復することはなかった。現存する大安寺の堂宇はいずれも近世末~近代の再建であり、規模も著しく縮小している。奈良時代にさかのぼる遺品としては、8世紀末頃の制作と思われる木彫仏九体が残るのみである。大安寺の歴史については、正史『日本書紀』『続日本紀』の記述のほか、天平19年(747年)作成の「大安寺伽藍縁起并流記資材帳」が主なよりどころとなっている。「資材帳」によれば、大安寺の起源は聖徳太子が今の奈良県大和郡山市に建てた熊凝精舎であり、これが移転して、「百済大寺」「高市大寺」「大官大寺」と移転と改称を繰り返し、平城京遷都とともに寺も新都へ移転して「大安寺」となったという。★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。


ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「京都古社寺探訪」新日吉神... | トップ | 『古事記が描く説話の憧憬』... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

神仏霊場巡り」カテゴリの最新記事