「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

“日本名僧・高僧伝”56・日朗(にちろう、1245年5月5日(寛元3年4月8日) - 1320年3月1日(元応2年1月21日))は、鎌倉時代の日蓮宗

2017-06-02 05:07:53 | 史跡探訪
“日本名僧・高僧伝”56・日朗(にちろう、1245年5月5日(寛元3年4月8日) - 1320年3月1日(元応2年1月21日))は、鎌倉時代の日蓮宗・法華宗の僧。日蓮六老僧の一人。号は筑後房。大国阿闍梨とも称する。日朗門流・池上門流・比企谷門流の祖。下総国の出身。父は平賀有国。1261年(文応2年)日蓮を師として法を学んだ。1271年(文永8年)日蓮の流罪の際、土牢に押込となる。1274年(文永11年)佐渡に流罪となっていた日蓮を8回訪ね、赦免状を携えて佐渡に渡る。1282年(弘安5年)池上宗仲の協力のもと、池上本門寺の基礎を築いた。1309年(延慶2年)千葉胤貞の妻より、土地の寄進を受け、本土寺を建立する。1320年(元応2年)安国論寺にて荼毘に付され、法性寺に葬られた。四長四本(本山)・長栄山池上本門寺(東京都大田区)(武蔵国)・長興山妙本寺(神奈川県鎌倉市)(相模国)長谷山本土寺(千葉県松戸市)(下総国)・長久山本成寺(新潟県三条市)(越後国)(法華宗陣門流総本山)弟子・日印の開山で山吉氏が建立した青蓮華寺に、初祖となることを承諾し、長久山本成寺という名を与えている。
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