「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

『鎌倉・室町の群像伝』(全186回)124“名和長利” 名和長利(?~1336)鎌倉末期から南北朝の武将

2016-12-07 12:47:36 | 鎌倉室町の群像
『鎌倉・室町の群像伝』(全186回)124“名和長利”
名和長利(?~1336)鎌倉末期から南北朝の武将。村上源氏流を称し、伯耆国長田に拠った長田行高の子。のちに同国名和に移って縄を称した。長田又太郎とともいう。本来は海上交通・商業に関わる在地武士だったと考えられる。元弘3年(1333)2月、隠岐から脱出した後醍醐天皇を船上山に迎い入れ、天皇京都奪還に参加した。戦功によって天皇から帆かけ船の笠験を与えられた。建武政権下では天皇の側近となり、記録所寄人、恩賞方、雑訴決断所などの要職に歴任した。東市正も務めた。地方武士出身ながら、官職・官位も左衛門尉・伯耆守・従四位下を与えられ、てんのう側近として楠正成・嗣さ忠顕・結城親光らと併せて「三木一草」と称せられた。しかし1335年11月、足利尊氏の離反によって建武政権は崩壊、長年は翌年6月30日京都で足利方と戦闘で敗死した。
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