「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

『浪速史跡めぐり』玉造稲荷神社・大阪城の南側にあって、祭神は宇迦之御魂大神で創建は垂仁天皇の時代に創建されたと言う。その後聖徳太子が物部氏

2017-06-14 04:36:42 | 史跡探訪
『浪速史跡めぐり』玉造稲荷神社・大阪城の南側にあって、祭神は宇迦之御魂大神で創建は垂仁天皇の時代に創建されたと言う。その後聖徳太子が物部氏との戦いに祈願して「観音堂」建てたと言う。その後戦国時代に戦禍に逢い荒廃したが、豊臣秀頼によって再建されたが、再び大坂夏の陣で焼失したが、元々豊臣時代にも徳川時代にもの大阪城の鎮守とされ「豊津稲荷と称し、江戸時代には浪速の人々のお伊勢参りの基点と成ったところ、今もその記念の碑や、毎年ここから歩いてお伊勢参りをする人が多いと言う。境内には半分埋まった鳥居がある「豊臣家奉納の鳥居」で震災で倒れた物を地中に生めてたてもの、また境内は元々「千利休」の屋敷跡でその記念碑が建っている。玉造の地名の由来になっている「玉造」は勾玉をこの辺り造っていたようで「難波、玉造資料館」が伝えている。
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