「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

“日本名僧・高僧伝”70・中巌円月(ちゅうがんえんげつ、正安2年1月6日(1300年1月28日) - 文中4年/応安8年1月8日(1375年2月9日))は、南北朝時代の臨済宗

2017-06-16 04:47:11 | 史跡探訪
“日本名僧・高僧伝”70・中巌円月(ちゅうがんえんげつ、正安2年1月6日(1300年1月28日) - 文中4年/応安8年1月8日(1375年2月9日))は、南北朝時代の臨済宗の僧。相模国鎌倉の出身で、俗姓は土屋氏。中巌は道号で、諡号は仏種慧済禅師。年少期に鎌倉寿福寺(臨済宗建長寺派)に入った後、醍醐寺に入って密教を学び、また曹洞宗の東明慧日に師事した。1325年(正中2年)中国の元に入り、1332年(元弘2年)日本に戻った。その後、万寿寺・建仁寺・建長寺などの住持を歴任し、臨済宗における一派を形成した。また、数学に詳しく、随筆の『文明軒雑談』には数学や度量衡の話題を多く記している他、自身でも『觽耑算法』という数学書を著しているが、後者は現存していない。神武天皇については、「呉の太伯の子孫」であるとして、「天皇中国人説」を唱えた。
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