36℃の経年優化

日々一歩一歩自然体で成長し、経年優化を実現するための奮闘ブログ

悩みの法則(その1)

2016-11-26 09:39:18 | 意識を整える


 先週は成人の日の祝日がありました。
そのおかげもあって三連休を満喫していたわけですが、
街行く晴れ着姿の新成人を見ていて感じたことを書きたいと思います。
(この記事は2016年1月19日に配信した
メルマガのメインコラムを掲載したものです。
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Ozakiまで直接ご連絡ください)


 成人式や新成人を見てのメッセージ、となると

 大人としての責任を持て、であるとか
 人生これからだから体を大切に、であるとか
 常識にとらわれず、自分の可能性を信じろ、であるとか

説教くさい言葉が一般的かもしれません。
Ozaki自身、最近は年のせいか、説教くさい言葉を言う機会も
やや増えてきたという自覚があります。

 が、今回お伝えしたいのは説教くさい話ではなく、
むしろ成人式を迎えた世代より少し上の世代、
つまりはOzaki前後の世代の等身大の姿です。
これから年を重ねていく彼らに対して、

 実はこういうこともあるんだよ

といったメッセージを書いてみたいと思います。



 Ozakiが成人式を迎えたのはもう15年も前ですが、
その時を思い起こしてみると35歳なんてのは
 
 「すっかり一人前でしっかりと世の中を渡っていける人」

なんじゃないか、と考えていたような気がするのです。
具体的に誰かをイメージしていたわけではないですし、
いまでも未熟なOzakiのさらに幼稚な想像の産物ではあるのですが。

 同様に、10年前に社会人として本格的に仕事をし始めた時、
10年上の先輩はそれはもう、自分とはレベルの違う仕事ぶりに
毎日愕然としていたものでした。
いつか、こんなふうに何もかも完璧にこなせる日が来るんだろうか?
とかかってくる電話に対応するだけで精一杯の日が懐かしく
思い出されます。


 時間を進めて、今の自分を見てみると、
20歳の自分や新人時代の自分が想像していた35歳とは程遠いですね。
毎日仕事のことでも、家族のことでも、
それはもう悩んでばかり、ちっとも一人前になんぞなっていません。
若かりしOzakiの期待と予想を派手に裏切っているわけです(涙)。


 ただ、そんなOzakiでも、この15年の歳月が無駄だったか、と
言われるとそうではないな、と感じています。
新成人はもちろんのこと、自分の世代とそしてその間の少し若い世代の
皆さんに、ぜひお伝えしたいことは、

 いつだって悩みはなくならないよ、

ということ。


 20歳少し前までは

 高校でいい成績が取れるのか
 気になる異性に好意をもってもらえるのか
 志望している大学に入れるか 

といったことで悩んでいたでしょうし、


 大学生になってみると

 今期いくつ単位がとれるのか
 やっぱりモテたい
 就職活動どうしようか
 

といったことで悩んでいたでしょうし、

 
 社会人になりたてのころは

 どうやったらもっとちゃんと仕事ができるだろうか
 結婚できるだろうかand/or誰と結婚しようか
 お金を上手に使ったり、貯めたりできるだろうか


といった悩みに変わってきますが、


 30代過ぎになっても

 どうやったらもっと高いレベルの仕事ができるだろうか
 結婚できるだろうか、もしくは子育てをどうしようか
 家を買ったり、車を買ったりできるだろうか
 親の介護や遺産相続どうすればいいんだ

といった悩みで現在に至る、
のではないでしょうか?

 そんなショーモナイことで悩まないよ!(悩んでこなかったよ)
という方もいらっしゃるかもしれませんが、
上記はOzakiの偽らざる悩みの遍歴です。


 そしてここ数年で気づいたのですが、
実は悩みというのは人それぞれでありながらも
その時点、その時点で必ず何らかの悩みがあるということです。


 Ozakiがまだ未体験ではありますが、


 課長レベルは課長レベルで

 どうやって部下を管理したらいいんだろう
 どうやってマネジメントと自分の作業を両立させればいいのだろうか
 独立/転職という選択肢もあるのではないだろうか
 子どもがいじめにあわないで学校に行けるだろうか
 いよいよ両親が年老いてきて介護が大変だ

 といった悩みがあるような気がしますし、


 部長レベルは部長レベルで

 自分一人ではどうにもならないほど大きい問題の判断に迫られている
 役員に向けての競争を勝ち抜けるんだろうか
 子どもの就職や結婚はどうなるんだろうか
 自分の体も昔のように思うにまかせない
 老後の資金計画が本格的に気になってきた

 といった悩みが想像できます。
これは役員になっても、社長や理事長になっても続きそうです。

 つまり、役職や立場、財産の多寡といったものに関わらず、
人間生きている限り悩みの種は尽きないのではないでしょうか?
Ozakiはこの仮説を悩みの第一法則と名付けたいと思います。


 (次回に続けます)
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継続は力なり、では継続の原動力は?

2016-11-19 04:11:47 | 意識を整える
 前回は2016という数字を切り口に新年一つ目のコラムをお送りしました。
新年というと、たいてい新しい目標を立て、
年末には達成できるようがんばろうとする時期ではないでしょうか?
とはいえ、2週間で達成できてしまう目標はそうそうないはず。
(むしろそういう目標であえば、今一度考え直したほうがいいでしょう)
ほとんどの目標は

 営業成績や
 認められた企画書の数や
 ダイエットで減らす体重や
 年末までに増やしたい貯金額や
 趣味の達成度合いや

一年間かけてどこまでできたのか!?という類のものだと思います。


 一年間をフルに使って、達成できるかどうかわからない、
そんな目標の場合、カギになるのは、一歩一歩成果を積み上げていくための
「継続」であることは皆さんも納得されると思います。
継続は力なり、という古くからの言葉に表されるように、
小さな一歩を積み重ねることが大きな目標達成の原動力なのでしょう。

 このコラムでも、継続の大切さは繰り返しお伝えしていますし、
どのようにすれば継続できるか、の工夫もいくつか書いてきました。
今回もそのシリーズの一つではありますが、少し毛色(?)の違う、
書き方で書いてみたいと思います。


 継続の重要性は誰しもが実感しているのですが、
肝心の継続すること、それも数日や数週間ではなく、
一年間継続し続けること、が難しいのもまた一般的な感覚でしょう。
一年間という長い期間を継続するための何らかの力が必要なのは、
皆さんの経験からもご理解されているとおりだと思います。
ただ、その力が何なのか、唯一の解はないでしょうし、
その力を得たとしても、継続し続けることは容易ならざることです。


 そこで、唯一の解ではないかもしれませんが、
継続するための一つの考え方として、今年の尾崎から提案するのは

 「継続するために、あえて毎日やることに拘らない」

というものです。
非常に逆説的と言いますか、むしろ矛盾することを言っているのは
重々承知しております。
が、あまり肩に力を入れ過ぎて、

 「毎日○○をやる!」

と言い過ぎると、逆に○○できなかった時にガクッと心が折れてしまう、
そんなことはありませんか?

 継続は力なり、と同じくらい使い古された言葉に
「三日坊主」というものがありますが、この三日坊主という現象は
やろう、やろうと思って四日目、五日目あたりで、
やらなかった(やれなかった)ことで再開しないことが原因なのでは?
と個人的に仮説を持っています。


 そこでOzakiは目標達成のための継続を忘れさえしなければ
一日や二日、途切れてもいいじゃないか、という心の在り方を
採用しています。

 例えばダイエットするにしても

 「毎日一切炭水化物は禁止、朝は必ず30分ジョギングする」

といったルールを設定し、自分を律しようとしても
訪問先でカレーライスが出たり、どうしても朝起きられない日があったり、
ルールを守れない日が時々出てくるのはやむを得ないところ。
ここで、あまりにかたくなにルールに拘りすぎると、
目標達成のためであったルールそのものが目標になってしまい、

 むしろそのルールを守れない自分へのふがいなさ、情けなさ、怒り、が
生じてストレスに転化してしまいかねません。
こうなってしまうと継続はおろか、取り組もうという意欲すら失ってしまう、
そんな事態も危惧されますね。
Ozakiはそうならないように、
(というよりも「根がいい加減なので」が正確ですが)

 「決めたことは一年間やるが、毎日やらなくてもよい。
 むしろ継続するために、毎日無理にはやらない。」

というマイルールを定めています。
皆さんに「おススメ」をするほどのものでもありませんが、
このくらいのゆとりを持たせた方が、むしろ継続できるのでは?
という提案をさせて頂きます。


 ちなみに、昔どこかで読んだのですが

 「朝四時起きですべてが変わる」

といったタイトルの本(五時だったかもしれませんが)
を出版された方が
インタビューだったか、
対談だったかで

 「実は朝四時起きを推奨しているのですが、
 私自身朝四時に起きられるのは3日に2日くらいの割合です」

と語っているのを見て、Ozakiのマイルールは意外とよい考え方なのかも?
と感じたことも紹介させていただきますね。

 
 今年も始まって約二週間。
もし、皆さんの中に立てた目標の一つや二つ、挫折気味の方がおられれば、
今一度、

 「別に絶対毎日やらなくても、一年後目標達成できるようにしよう」

と仕切りなおして気持ちを新たに取り組んでみてはいかがでしょうか?
不真面目なOzakiの真面目な提案でした。
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2の5乗×3の2乗×7

2016-11-05 20:32:59 | 意識を整える

 新年あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
新年第一号です。
(このコラムは2016年1月5日に配信した
メルマガのメインコラムを収録したものです)

 
 さて、突然ですが、タイトルは何を表しているでしょうか?
暗算でできた!!という方もいらっしゃるかもしれませんが、
ちょっと計算する時間が必要かもしれませんのでその間に
少し思い出話をさせて頂きます。
(せっかくなので、頭の体操と思ってたまには手計算してみてください)


 Ozakiが通っていた高校は「変な」先生が多かったように記憶しています。

 
 あまりにも頭が良すぎて積分の計算を経て答えがでる数学の問題で

 「これは計算したら(最終的な答えになるのが)当たり前なので
 これ以上の解説は面倒なのでやりません!!」

 と宣言し、問題の解法解説を止めてしまう数学の先生


 第一回目の授業で

 「僕は器械体操部だったんです!!」
 
 と言って授業後半、突然教壇で倒立を始める物理の先生


 生徒が「忘れました」と回答すると

 「忘れるという行為は本来一度覚えた人だけができる崇高な行為です。
 あなたは本当に忘れたのでしょうか?」

 とさらに問いかける化学の先生


 どんな学校にも個性派はいると思いますが、
我が母校は相当な個性派揃いだったという認識があります。


 そういった学校の校長先生もこれまた当然変わり者でした。
2000年の1月、全校生徒を集めての年初の校長挨拶で

 「2000年はキリがいい、と世間では話題になっている。
 だが、私にはなぜ2000という数字が特別なのかまったくわからん!!
 因数分解すると2の4乗×5の3乗となりむしろ美しさが全くない。
 何ら特別ではない一年だが、生徒諸君の奮闘を期待する」
(当時の校長は数学の先生でした)

 と述べました。小学校時代から数えれば数多くの校長訓話、総長挨拶を
聞いてきているはずですが、唯一覚えているのがこの挨拶です。
いまだに何が言いたかったのかは、よくわかりませんが(苦笑)、
確かに心理的にキリがいい数字と数学的に美しい数字とは違うなぁ
と漠然と感じたことも記憶しています。
(反対に142857は非常に神秘的な数ですがぱっと見キリはよくありません)


 とまあ、ここまでOzakiの思い出話につきあっていただきましたが
計算結果はいかがでしょうか?
答えは2016になりますね。
今年は特にキリがいいわけではないのですが、
西暦も因数分解するとこういう掛け算になるのですね。


 必ずしも例に挙げたような「変な」人になる必要はないと思います。
ただ、世の中にはいろいろな視点を持った人がいることは間違いありません。

 今世の中で話題になっているイスラム過激派にしても、
それぞれ一人一人の考えを聞けば、映画のような「悪者」ではなく、
生身の人間であることがわかるのではないかと思います。
(さすがに、テロを起こすグループと接触したことはないですが)

 普段意見のあわない上司や先輩も
何かこだわりや意図、経緯があって皆さんと違う見方をしている、
皆さんの知らない情報に基づいて判断している、
といった事情もあるかもしれません。


 新しい年の数字を、普段滅多にやらないであろう
因数分解をすることで、同じ数字でも別の見方、捉え方がある、
ということをお話しさせて頂きました。
ビジネスやプライベートにおいても、

 別の見方はないかな、
 自分の「当たり前」が本当にみんなの「当たり前」だろうか?
 もしかして自分のまったく知らない解釈があるのかもしれない、

といった複眼的な捉え方をしてみるとよいかもしれませんね。
もし、こういった捉え方ができるとより多様な人とのお付き合いができ、
自分自身が触れることのできる世界が一気に広がるのだと思います。

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守りに入らず道を追い求める

2016-10-29 12:02:00 | 意識を整える

 
先週末、バルセロナでフィギュアスケートの
チャンピオン決定戦の一つ、グランプリファイナルが行われました。
男子優勝はご存知の方も多いであろう日本の羽生(はにゅう)選手。
(このコラムは2015年12月15日に配信したメルマガのメインコラムです。
メルマガご希望の方はozakiにお問い合わせいただくか、
コチラのフォームで申し込みをお願いいたします。)


 羽生選手自身にとって今回で大会三連覇となり、これそのものが偉業です。
もっと格上の大会であるオリンピックや世界選手権でも優勝経験があり、
現在の男子フィギュアスケート界では頭一つ抜けた実力、と
評されるのも納得ですね。

 この羽生選手の凄さは単に大会で金メダルを取る、
勝負強く一位をコンスタントに獲得できるということだけではありません。
フィギュアスケートの採点ルールを踏まえて、
どうやればもっと高い得点が出せるのか、究極の美しさ、テクニックを
追い求め続けていることにすごさがあるように思います。


 その結果として、今年のグランプリファイナルでの羽生選手の得点は
330点を超える歴代世界最高得点をマーク。
2位の地元フェルナンデス選手との差はなんと37点を越えました。
同じ大会で女子優勝のロシアメドベデワ選手と6位の浅田選手の
得点差が約28点であることを考えると、
羽生選手がいかに突出した強さを持っているのかがわかりますね。

 羽生選手の得点を見ると、他の選手と比べ「技術点」が高い、
という特徴があります。
つまり難しい技をしっかり決めることができ、
かつ採点ルールに従って疲れが生じる後半にも難しい技を行い、
さらに得点を加算できる、という特徴があるようです。
(これだけ書いておきながら、申し訳ないのですが、
 Ozakiはフィギュアスケート選手の皆さんの演技のどこがすごいのか、
 はさっぱりわかっていないので、詳しくは説明できません…)



 この大会の報道を見ると羽生選手は大会で優勝することではなく、
どうやったらもっと得点が出せるのか、常に攻めることを考えている、
とのこと。
無理に難しい技をプログラムに入れ込んで、失敗するリスクを冒すよりも、
普段通りやればコンスタントに成功し、300点強の得点が出せる、
そんなプログラムでも勝てるわけです。
(実際に羽生選手以外、300点以上を達成できた選手はいません)



 そういった状況にも関わらず、今回羽生選手はさらに高得点をめざし、
難易度を維持し、かつ演技の完成度を高めてきました。
その結果が圧巻の37点差(繰り返しますが、2位とです)につながった、
と言えるのではないでしょうか?


 この偉業に反応したのが同じ採点競技で
世界トップクラスの実績を誇る体操の白井選手。
彼もまた、自分自身の名前が技に次々とつけられるほど、
難しい技に挑戦し続けている選手の一人です。
彼に言わせると羽生選手のより高みを目指す姿勢は


 「上に立つ選手でも守りに入ると他の選手に追いつかれてしまう。
 自分ももっと攻めていかないといけない」


と映るようです。

 白井選手もまた、ライバルに勝つことを目標にするのではなく、
より難しい技をより完璧に、より美しく成功させる、
そういった「求道」の姿勢を持っているように思います。

 人間同士のライバル関係にフォーカスするのではなく、
 単に技ができればよい、というわけでもなく 

より最高の演技をするにはどうしたらよいのか、
こうした究極の「道」を突き詰めるという考え方を持っていれば、
一度や二度優勝したからといって守りに入る気にはなれないのでしょう。
非常にストイックで、厳しい生き方であることは間違いありません。
しかしながら、そこまで道を追い求めることで、
結果的に他の誰にも追随を許さない、圧倒的な結果が出るのだと
Ozakiは確信しています。


 仕事にしても趣味にしても「そこまでやらなくても・・・」、と
いうシーンは日常的に溢れていますよね。
フィギュアスケートや体操と違って、とにかくスピード最優先で
片付けなければならない業務も多々あります。


 しかしながら、頭のどこか片隅でもよいのですが、

 「この仕事だけは過去最高水準のものを達成してやる」
 「他の誰にもできない究極を実現することが趣味の一環」

と言えるような「求道」の姿勢を意識することも
極めて重要なのではないか。
フィギュアスケート羽生選手の報道を読みながら、
そんなことを考えていました。
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ネガティブダイエットで経験の質を高める(その2)

2016-10-22 14:02:00 | 意識を整える

 先週は目標を積み上げるだけではなく、
時にはやるべきことを絞り込んで経験の質を高める必要がありますね、
というお話をしました。


 先週のコラムを読んで、何がどう「ネガティブダイエット」なんだ?
とお感じになった方もいらっしゃるかもしれませんね。
この「ネガティブダイエット」という言葉は少し前に読了した

 「フランス人は10着しか服を持たない」

という本に登場する考え方です。
この本は決してファッションの本ではなく、
パリで人生を楽しむ人は必要最小限のもので、
自分の生き方を貫き、そして質の高い生活をしている、
というフランスの「いいとこどり」をしている本です。

 この本で「ネガティブダイエット」という言葉は

 「ネガティブなことばかり、四六時中言っている人は
 あなたの友人リストから削除してしまいましょう」

という趣旨で使われています。
人生の質を下げるようなヒト、モノにはできるだけ近寄らないように。
そんな示唆が込められていますね。

 
 誰だって辛い時、悲しい時、愚痴を言いたくなる時、はあるでしょう。
それでも周りにネガティブな発言をばらまく人と付き合い続けるのは
自分自身の人生の質を下げることにもつながりかねません。
かつては縁もあり、いろいろと経験を共有していた人でも、
ネガティブなオーラを受け取らないように、付き合いを制限する、
ちょっと距離を取る、ということも必要なのでしょう。


 トム・ピーターズという経営コンサルタントが書いた書籍に

 「ブランド人になれ」
 (The Brand You 50)

という本があります。
いかに自分を成長させ、そして「ブランド」として自分をアピールするか、
について15年前に書かれた名著です。


 この中でも

 「あなたが20年付き合ってきた人を見ればあなたがどういう人間かわかる」
 「ブランド人の人生とは(お客様の)選択に他ならない」

という表現が出てきます。
自分自身がブランド化するためには、
おつきあいする人やプロジェクトも良質のものを選び、
質の悪いものを削っていかなければならないという趣旨です。

 「私が付き合っている人、付き合っていない人が
 そのまま私を映し出す鏡になる」

という表現で付き合う人の重要性にページを割いています。



 人間関係をバッサリ切るのは、やらないことを決めるという以上に
決断力が必要な作業です。
しかしながら、生きられる時間は有限です。
誰とでも、無制限に付き合えるわけではないとすれば、
人生の質を高めるために、ネガティブな行動、人間関係、等を
削っていって「ダイエット」しなければならないのではないでしょうか?
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