36℃の経年優化

日々一歩一歩自然体で成長し、経年優化を実現するための奮闘ブログ

目に見えない『基礎』の大切さ(その1)

2016-08-21 02:18:14 | 意識を整える


 日本でここ一週間大きく話題を呼んだニュースと言えば、
三井不動産レジデンシャルという日本有数のデベロッパーが販売した

 「パークシティLaLa横浜」

の一つの棟が傾いているという事件でしょう。
(このコラムは2015年10月20日に配信した
メルマガのメインコラムです。
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もしくはOzaki宛てに直接お申込みください)

世界的に見ればシリア難民問題やVW不正、TPP合意の詳細、といった
ニュースが主流でこの話はほとんど報道されていないと思いますが、
多くの日本人が注目している話だと思います。



 海外に暮らす皆様にもわかるように簡単に経緯を説明しますと

2007年12月に竣工し、三井不動産が販売していた705世帯規模の
大規模マンションの一棟が傾いているという話です。
傾きの原因は施工業者の下請けの下請け(孫請け)が行った
支持層(硬い地盤)の深さ計測ミス(実態としてはデータの虚偽記載)
によるものとのこと。

 一般に建物は地震が発生しても倒壊しないように強固な地盤で
建物を支えられるように支持層に杭を打ち込む必要があります。
支持層が地表に近い場合や一戸建て等小さい建物の場合には
杭を打たないケースもあるのですが、今回舞台になった横浜では
支持層が深いこともあって、十分に長い杭を打つ必要がありました。

 今回のケースでは事前の地盤検査で支持層までの深さが正確に
把握できていないにも関わらず「正しいデータ」として提出された
支持層までの深さに基づいて杭の長さを決め、その杭の上に
マンションの本体(躯体)を立てたために想定した支持力が得られず、
一部が沈んでしまったということのようです。
(建築、建設に関わっている方でOzakiの記述に間違いがある、
という指摘があれば遠慮なくご意見いただけると幸いです)



 さて、今回のケース、実際に傾いている棟に住み被害が生じている方、
また傾いてはいないものの立て替え議論に関わっている方にとっては
申し訳ないのですが、非常に示唆に富んだ事件と言えそうです。
今回からシリーズで、この事件が教えてくれる教訓を考えてみましょう。



 マンションを買う時に目に見えない地中の様子をじっくりと
検討する方はそれほど多くないと思います。
過去の洪水記録や地震の被害状況は調べると思いますが、
素人である我々は地面の下何メートルに強固な地盤があるのか、
その上にどのような地層が存在しているのか、を調べることは不可能です。
そしてもう一つ調べることが非常に難しいのはそうした地盤データに基づく
基礎工事の信頼性です。

 実際に目に見える範囲であれば

 扉の建てつけであるとか、
 壁紙の貼り方であるとか、
 窓の締まり具合であるとか、
 隣の音がどの程度聞こえてくるか(壁がどのくらい厚いか)、

等など、どの程度信頼してよいか判断できる根拠がありますよね。
素人であってもいくつかの物件を廻れば、どういった物件がよいのか
徐々にわかってくるものです。

 しかしながら、素人には絶対判断できない部分は目に見えない部分です。
マンションを買うとなれば設計図も見せてもらえますし、
地盤の調査結果も提示されるでしょうし、
構造計算書といったものも確認することはできるでしょう。
しかしながら、そういった目に見えない部分がしっかりとできているか、を
直接的な形で検査することはほぼ不可能といってもよいと思います。

 他方で、マンション選びをするとなった場合に
どうしても目が行くのは

 家族構成にあった間取りであり
 見た目の豪華さないし、窓から見える風景であり、、
 備え付け機器の利便性であり、

自分自身の目で見て納得できる部分なのではないでしょうか。
しかしそういった特徴は当初の想定と違っていても、
生活がまったくできなくなるというわけではありません。
ただ、地面の下や壁の内側等目で見えない部分に
大きな欠陥があれば、それは即建て替えが必要なほど
巨大な問題につながってしまうということが、
今回の事件では明確に示されました。



 目に見えない『基礎』がいかに重要なのか、
これはしっかり考えなければならないのだとOzakiは感じています。



(次回に続きます)

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『常識』なんてすぐに変わる

2016-08-13 11:24:49 | 仕事術
 
 読者のみなさんはいわゆる世間一般の
『常識』をどの程度重要視しているでしょうか?

各業界で活躍中の皆さんですから
世間の一般常識はかなりの部分
しっかりとカバーされていると思います。
加えて、皆さんが活躍している業界では
基本となる知識、専門用語も
ばっちりと記憶されている
という方がほとんどではないでしょうか?


 そういった基本的な知識、常識は
仕事で成果を出すために
必要不可欠であることは論を待ちません。


 しかしながら、現在の知識や常識は
未来永劫変わらないものでしょうか?


 たいていの場合において、
いろいろな基礎情報を知らずして
なにか新しい戦略やコンセプトを
打ち出すことは難しいでしょう。

 大部分の新しい戦略やコンセプトは
過去の成功例、失敗例を踏まえて
少しずつ改善を加えた結果、
生み出されるているように思います。
しかしながら、既存の知識や常識だけに
囚われていると「少しの改善」すら
起こせないという事態にもなりかねません。



 何か新しい挑戦をしようとすると、
いま『常識』とされている

 その業界のお約束
 前提条件としておいているパラメータ
 これまで投資してきたプロジェクトの経緯

といった基本情報の一部を思い切って
無視するという決断が必要なはず。


 この『常識』を無視するという
思い切りがなかなか難しいのですが、
その先に大きなイノベーションが
あるのではないでしょうか。



 Ozakiは『常識』を尊重しつつも、
それに囚われないように心がけています。
(実際にOzakiをご存知の方からすると
 あまりにも好き勝手やっているので
 『常識』を尊重しているとは
 思えないかもしれませんが・・・)



 そういったスタンスが望ましいのではないかな、
と確信したのは最近インターネットで見かけた
「昭和の常識ランキング」です。
そこにはこんな結果が掲載されていました。



 ○昭和の常識、平成の常識
Q.今では考えられない昭和時代の
 常識を教えてください(複数回答)


1位 運動中に水を飲んではいけない 28.9%
2位 電車のトイレは線路上に垂れ流し 22.8%
3位 土曜日は半ドン(午前中のみ会社や学校へ行く) 21.5%
4位 1ドルは360円 20.0%
5位 テレビは叩けば直る 16.5%



 Ozaki自身が知っている(経験した)のは、
1位、3位だけですが、
あーなるほどなぁと思うものばかりです。

 ただ、あまりにも古すぎて
平成27年の『常識』とは正反対のものが多い
と感じられる方がほとんどではないでしょうか?
感覚的には「ついこの前」まで
これら『常識』があったように思う、
という世代の方もいらっしゃるかもしれませんね。


 昭和と言えば1989年1月まで続いた
平成の一つ前の元号です。
今年が平成27年ですので、
この常識は自分が生まれる前の話、
という世代もかなり増えてきている
ということになります。

 長く生きておられる方からすると
ご自身が生きている間に
『常識』が180°入れ替わり、
そもそも前提を共有できない世代と
一緒に議論する必要があるとも言えるでしょう。



 こういった事態は昭和だから起こるのではなく、
当然『平成の常識』も遠からず

 「今では考えられない」

と評される時代が近づいてきています。

 そしてそれは皆さんの業界における
『常識』も同様のはず。
今皆さんが当然の前提条件、絶対的、
普遍的としていることでも近い将来

 「あー、そんなこともあったねぇ」
 「今ではそんなこと誰も信じていない
  (気にしていない)けどねぇ」

というあるある話になったり、

 「昔は○○があたりまえだったんだよ」
 「へー、そうなんすかー」

と若者に昔話をするときに話題になったり、
というものが含まれているのです。

 
 今新しいアイディアがでなかったり、
仕事の改善がうまくいかない、
そういったことで困っていることがあれば、
まずは身の回りで金科玉条の如く扱っている
『常識』を一つずつ疑ってみる、
(30年後の人間になったつもりで笑い飛ばしてみる)、
という取り組みをしてみると
何か突破口がみつかるかもしれません。

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ゆっくりでも誰にも追いつかれない強みを生む方法

2016-08-06 21:56:46 | 意識を整える


 比較的新しく読者になっていただいた方にも
そろそろこのメルマガの基本スタンス、
Ozakiの土台になっている考え方、
といったものをご紹介できたように思います。

 前2回は特にOzakiがこのメルマガのタイトルを

 「36℃の経年優化」

とした根本的な発想をご紹介しました。
しかし、ゆっくりと、一歩一歩成長しているなどと
悠長なことを言っていて大丈夫なのか?



 時代は猛スピードで変わっているのに、
 情報も次から次に入ってくるのに、
 他の人はもっと効率よく成長しているのでは?



そう感じる方もいらっしゃるかもしれません。

でもこの世の中にはどうがんばっても逆転できない、
短期的な努力や頑張りでは
追い付けないほどの差をつけてしまう、
そしてその「差」が圧倒的な強みに
つなげることができる可能性がある、
そんなやりかたがあるのです。



 
 それは何らかの取り組みを「継続」するという方法。

長年積み重ねてきた経験値、
実績はそれそのものがその人の圧倒的な
武器になる、これがOzakiの現在の考え方です。
一番わかりやすく皆さんに実例を
提示するとすればこのメルマガです。


このメルマガは2009年からOzakiが自分の成長を題材に
週に一度、継続して配信してきています。
つまり今年でもう7年目ということになります。
(このブログ記事は週刊で配信している
メルマガのメインコラムのバックナンバーです)


 もし誰かが今からメルマガを書こうと思ったとして
 (これだけならかなり多くの方が
    実際にやっていると思いますが)
Ozakiの6年半配信してきた量を
短期的に埋めることはまず不可能でしょう。
まして7年間配信してきた人間の気持ち、
その間の

紆余曲折、
浮き沈み、
読者の方とのやりとり

といった経験値は絶対に得ることができません。



 なにより6年以上メルマガを
忙しい時であっても定期的に配信する、
ということを実践できる人は
それほど多くないと思います。


実際にやってみると

 「意外とできてしまうものですよ」

とOzakiは感じていますが、
たいていの人はメルマガであれ、ブログであれ、
定期的な継続を数年単位で続ける前に
どこかでくじけてしまうことが多いようです。



 仮に、今メルマガを始めて
6年間継続した人がいたとしましょう。
その時Ozakiはどうなっているか、というと
Ozaki自身がストップしない限り、
12年間継続できているわけです。
つまり前者はまだ6年分の経験値しか
持っていないにも関わらず、
Ozakiは既に十分なリードがあることになります。


 そしてそのリードは
今からメルマガを始める方の力だけでは
縮められないという性質があります。



 もちろんメルマガの質や読者数といった指標では
後発のものがあっという間に人気を得て
先行者を飛び越すという事例はあるでしょう。
しかしながら、継続してきた実績だけは
追い越すことができません。
これはひとえに時間というものを
人間が意図的に動かすことができない、
もしくは時間そのものを
「買う」「入手する」ことができないためです。



 ですので、時の流れを味方に付け、
10年、20年、30年と何かの取り組みを
継続し続けることができれば、
その分野で続けてきたという
経験値は後発の人間が誰一人として
追い付けないはずの圧倒的な強みになるはずです。



 言葉を換えればじっくりと継続できるペースで
何かを超長期間継続するということは、
無条件で強みが得られるということである、
と言えるかもしれません。


 短距離走のように成果を追い求めるのもいいですが、

 「10年偉大なり、
  20年畏るべし、
  30年で歴史になる」

の格言通り、超長期で得られる果実は
相当に大きいものがあります。
自分が続けられるペースで
できる限り長い間続けること、

そして最初の一歩を今、まさに今踏み出すこと、
この努力ができれば、
その瞬間に皆さんはご自身の「強み」を
得たと言えるのではないでしょうか?

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焦らずゆっくり進み続けるべき理由

2016-07-30 22:26:50 | 意識を整える
 「焦らずゆっくり進み続けるべき理由」



 二回にわたりOzakiが「経年優化」を推奨している背景、
Ozakiなりの世界の見方をご説明してきました。
今回は少し別の視点から長期的な成果を出すために、
あえて短期的な成果を求めない姿勢の大切さ、
短距離走で勝つ必要はないということをお伝えしようと思います。



 Ozakiが目先の実利を追わずに、長期戦を前提にどっしり構え、
一歩一歩実直に進むことをおススメする理由は
あまりに短期の目標に拘ってしまうと、最終目的があたかも
そこだったかのように勘違いしてしまうという弊害を恐れるからです。



 例えばより大きな社会貢献ができるように、
より大きな規模の会社で仕事をしたいと考えている場合。
もし高校生の立場であれば、まずは現実的な問題として
大きな規模の会社に入りやすい有名大学に合格する必要があるでしょう。
既にインターネット等でも話題になっていますが、
日本にはまだまだ「学歴フィルター」がありますので、
偏差値を上げて有名大学に行くことは理に適います。



 しかしながら、ここで「偏差値」という数値目標が出てくるのが厄介。
本来の目的からすれば偏差値を上げるのは全く間違いではありませんが、
偏差値だけを目指してしまうとやや話が違ってきます。
偏差値さえあげれば、本来の目的であるより大きな社会貢献につながるか、
と言われると当然そうではないからです。

 また、短期的な偏差値向上という目標達成のために
生活のゆがみ、考え方のゆがみが出てきても困ってしまいます。
極端な事例で言えば一夜漬けであり、またカンニング等々の不正ですね。



 こんなことは社会人たる自分たちには関係ないのでは?
と思われるかもしれませんが、そうではありません。

 目先の利益額をテクニックで上積みしようとした東芝の不正会計問題、
 技術力の不十分さをソフトウェアの工夫で乗り切って
 販売台数拡大を達成しようとしたフォルクスワーゲンの問題、
 
いずれも目先の数値目標だけを追い求めて本来の目的である
お客様の満足、社会への貢献といった視点を見失った結果のように思います。

 冷静に、外部から見ればこうした不正をなぜ超一流企業が…
とも思いますが、なんらかの事情があったのだと思います。
短期的な数値のプレッシャーであり、経営方針であり、社内文化であり、
第三者としては推測しかできませんが、そういったものが
本来一流企業が達成すべき長期的な目的を忘れるトリガーなのでしょうか。

 過去にもエンロンやワールドコム、オリンパス、山一證券なども
決算のごまかしによって大きな事件になりましたので、
上記二社だけの問題ではなさそうです。
それほど、短期的な数値を追いかけはじめると人間は
過ちを犯しやすくなってしまう、とも言えるかもしれませんね。



 他方で、数値目標そのものを否定するつもりはありませんし、
もちろん定量的に成果を測定することはOzakiも賛成です。
決められた期限内に達成しようとする努力も重要だと考えています。
ただ、短期的に目標数値を達成すること「だけ」を目指すことには
強く反対します。
そしてその結果として本来目指すべきところから外れてしまうことは
より強く反対し、絶対に避けなければならないと感じます。



 目標はあくまで目的を達成できているかの判断材料。
目指すべき姿に自分がなっていれば、おのずと結果として数値は
ついてくるはずではないでしょうか?
短期的に目標が達成できないのであれば一旦じっくりと振り返り、
なぜ目標が達成できていないのか、何が悪いのかを反省し、
再度目的に向かって歩みを進める。
そして長期的には目的も目標数値をしっかり達成する。
こういった生き方が「36℃の経年優化」の王道ではないかと思います。

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下りエスカレーターを上るために一歩一歩向上する

2016-07-23 18:53:33 | 意識を整える

 先週はOzakiが考える世の中のイメージ図をお伝えしました。
じっとしていると足元がどんどん下がってしまう、
そんな下りエスカレーターに我々は乗っているのではないか?
というのがそのイメージです。

 では、具体的に下りエスカレーターに対して、
どのように世の中を渡っていけばよいのでしょうか?
Ozakiなりの回答になってしまいますが、お伝えしたいと思います。



 我々が日常生活で見る下りエスカレーターはせいぜい商業ビルの1階分、
高さにして約5m前後で途切れています。
東京都内で深いところを走っている路線につながるエスカレーターや
羽田空港地下から国内線発着ロビーに直通するエスカレーターでは
数十メートルに及ぶものもあるようです。

 さて、みなさんに質問です。
こうした様々なエスカレーターですが、流れに逆らって
下りエスカレーターを駆けあがることは可能でしょうか?
実際にやってみようという方はいらっしゃらないとは思いますが、
念のため、実験はしないでくださいね。

 おそらく、高低差が5mのエスカレーターであれば、
女性の読者の皆様も含めてそれほど難しくないと思います。
ざっと計算すると普通に階段を歩くように上れば
20秒程度以内で上の階に到着できることになります。
頭の中でイメージしてみると

 「あ、なんとなく一つ上の階に行けそうだな」

と思っていただけるのではないでしょうか?



 さて、では長いエスカレーターではどうでしょうか?
長さが長くなればなるほど、階段を上るのも嫌になりますよね。
しかもその階段を上ろうとすると地面がそれほど速くないとはいえ、
下がっていくとなると実質的に上る距離は相当なもの。
さすがに嫌になってしまうのではないでしょうか?
がんばればなんとか上りきれるかもしれませんが、
さすがに上の階に着いた時にはへとへとになっているはずです。
(くれぐれも実験しないでくださいね)



 
 へとへとになるほど頑張れば、長いエスカレーターでも
なんとか上りきれるのでしょうが、
人生の下りエスカレーターは終わりがありません。

 最後のひと踏ん張り、
 もうちょっと頑張れば休憩できる、
 上りきってしまえば後は歩かなくていい、

といった考え方はすべて通用しないのです。

 さて、この状態でどうやれば上の階にたどり着けるのでしょうか?
それはただただ自分のペースで流れに逆らって上り続けるというもの。
そしてどんな状況でも決して歩みを止めない。
日々、平常心を保ちながら淡々と成長していく以外に
上の階にたどり着く方法はないとOzakiは考えています。



 終わりがある「短い」エスカレーターであれば、
その何mか、何十mかがんばって「短距離走」をすれば
上の階にたどり着けるかもしれません。
しかし終わりがなければ「短距離走」は体力を失うことを考えると
それほど効果的ではないように思います。
そうではなくて、急激なペースアップを伴わず、
体力をあまり失わない範囲で足元が下るスピードをわずかに上回る速さで
歩き続ける方が長期的には上の階にたどり着けるはず。

 だからこそ、Ozakiは体温が上がらない範囲で
日々一歩一歩歩き続けることで長期的に成長する
「36℃の経年優化」を推奨しているのです。

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