36℃の経年優化

日々一歩一歩自然体で成長し、経年優化を実現するための奮闘ブログ

大魔王のメラ(その2)

2016-09-24 22:59:18 | 意識を整える


 先週は勢い余って「ダイの大冒険」の
ワンシーンを語ることに終始してしまいました。
一部この話に食いついてきた
漫画のファン層の皆様、ありがとうございます。
他方でまったく意味不明だったという方、すみません。


 先週の話は簡単におさらいすると

 圧倒的な魔法力を持つ大魔王の初級魔法

 と
 
 必死で修業した人間の魔法使いの強力な魔法

では前者の方が威力が大きい、
ということがありうるというお話でした。
こうした事態は仕事や趣味においても
絶対能力が全く違う人同士で発生しうると言えます。


 仕事に置き換えてみると、
一見同じような作業をしている場合でも、
その質、内容のレベルが全く違うということは良くある話。


 例えば議事録づくり一つとってみても、
単に音声を文字にするだけではなく、
話題になっている背景や関連の事象、
ひいては発言者の意図や議事録を読む人の
立場を踏まえて表現を若干調整するといった
工夫ができるかどうか、
で議事録を作った人の力量がはっきりわかります。


 つまり同じ「議事録作成」という行為であっても、
作成者の絶対能力によって
その行為の結果は全く変わってくるのです。


 二回前にOzakiは飛行機のように
理論上出し得る最高速度ではなく、
最も経済的な巡航速度で
毎日過ごせるようになるのが理想ですね、
というお話をしました。



 しかしながら、これは常に余裕を持っておこう
という意味ではありません。
巡航速度でも十分な成果を出しつつ、
その余力で更なる成長を目指せるようにならなければ
一人前ではないですよ、という意図でした。


一口に巡航速度と言っても、ジャンボジェット機のそれと
セスナ機のそれが全く違うように、余力を持って出せる能力は
その人の絶対能力(最高速度)によって全く変わってくるのです。
たいていの場合において、最高速度である能力の絶対値を伸ばそうと
工夫や努力をしなければ、巡航速度も伸びてこないと思います。


 もし、その人の絶対能力があまり伸びないのであれば、
当然のことながら一定の余裕を見込んだ
巡航速度も伸びませんよね。
反対に絶対能力が上にぶれていけば、
自然と巡航速度も速くなりますし、
昔と同じことを同じ質でやった場合には
より多くのゆとりが生まれる、
ということになります。



 こうやって考えていくと、成長のらせん階段は

 ある行動を最高速度でいいのでなんとかこなせるようになる
         ↓
 同じ行動を巡航速度でこなせるようになる(最高速度のUP)
         ↓
 同じ行動を巡航速度で余裕をもって仕上げられるようになる(最高速度UP)
         ↓
 得られた余裕で他の工夫をしてみる
         ↓
 巡航速度でも十分に質の高い仕上げができるようになる(最高速度UP)

という順番に上っていけばよい、ということになるでしょうか。


 もし皆さんがらせん階段を知らず知らずしっかりと上っているのであれば、
ある日気づいた時には大魔王のメラの如く、いとも簡単に
新人や若手が一生懸命努力して行っている業務を指先で片付ける、
なんてことができるかもしれませんね。


 日々の巡航速度を上げるために、最高速度、自らの絶対能力値を
引き上げるための努力を怠らない。
これが成長のらせん階段を上り、巡航速度でいい仕事をするための
秘訣ではないか、とOzakiは感じています。
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大魔王のメラ(その1)

2016-09-17 23:35:21 | 意識を整える

 前回は飛行機の巡航速度を例に、

 「常に全速力が必ずしも効率がいい仕事のやりかたとは限らない」

ということをお伝えしました。
前回のお話は飛行機という一般的に良く知られている事例ですので、
皆さんにも理解しやすかったと思います。


 今回はその続き、のつもりなのですが、事例がかなりマニアックなので
必ずしも読者の皆様全員に伝わらないだろうな、と思います。
もし理解できない部分があれば、それはひとえにOzakiの表現力の不足、
事例のひきかたの不足なので、ご寛恕ください。

 
 『ドラゴンクエスト』というロールプレイングゲーム(RPG)があります。
プレイヤーが勇者になって「敵」である魔物を倒すというテーマで
これまで関連作品は27作、世界全体で6400万本以上売れている
日本のゲームの中でも圧倒的な存在感を持つゲームです。


 これだけの人気ゲームですのでゲームの世界観を反映した
漫画作品も多く発表されています。
その中でもOzakiが少年時代に非常に強く影響を受けたのが

 「ダイの大冒険」(三条陸原作、稲田浩司作画)

という作品。
今回は個人的な作品への思い入れも含めてお伝えしたいと思います。
いわゆる「ビジネスモノ」のメルマガとは作風が変わりますので、
この点はご容赦ください!


 この作品の中で最も強大で倒すべき敵として描かれているのが
「大魔王バーン」です。
設定では我々人間が暮らす地上の下にある魔界があり、
その世界を力で制覇したということになっています。
簡単に言うと人智を超えてべらぼうに強いということですね。


 このマンガでは本家RPGに倣って主人公である「勇者」が登場し、
その名前はタイトルにもある通りダイという少年です。
ストーリーとしては彼とその仲間たちが困難を乗り越えて
大魔王バーンを倒すべく、冒険の旅をするという漫画です。

 今回取り上げたいのはこの漫画の22巻に登場する
大魔王バーンの魔法のシーン。
ダイの仲間である人間の魔法使いが炎を発生させる最も強力な呪文、
『メラゾーマ』を唱えます。
(この時点で全く理解できない方には重ねてお詫び申し上げます)
しかし、この人間の魔法は大魔王の唱える同じ炎を発生させる呪文に
まったく歯が立ちません。


 人間の魔法使いは

 「大魔王のメラゾーマは俺の何倍もの威力があるってのかよ」

と悔しさをにじませますが、大魔王はひと言

 「今のはメラゾーマではない、
(炎を発生させる呪文の中で最も初歩的な)
 メラだ・・・。」

とつぶやき、ダイの仲間たちに衝撃が走るのです。
 大魔王バーンが語るところによると

 「同じ呪文と言えども使う者の魔法力の絶対量によって
 その威力は大きく異なる。
 つまり余のメラとお前のメラゾーマでは余の呪文の方が
 威力が大きいということだ」

だそうです。

 つまり、魔法力が圧倒的に大きな大魔王バーンにしてみれば、
初歩的な呪文であっても人間の魔法使いが精一杯放つ
炎系最強の呪文以上の威力を簡単に生み出せるということになります。
(といっても人間の魔法使いにしても大魔王バーンに対峙できる、
という時点で漫画の世界では超一流の魔法使いなわけですが)

 この後大魔王バーンが「冥途の土産」に、と本物のメラゾーマを
見せてくれるのですが、これがまた圧倒的な威力で、
当時漫画を読んでいたOzakiを含め日本で数万人の少年が
このシーンに感化されたはず、と信じています。


 それはさておき、この漫画が連載されている当時は同じ呪文であれば、
味方であれ敵であれ、基本的には相手に同じダメージを与えるというのが
ドラゴンクエストシリーズの絶対的なルールでした。
そのため、この使い手の能力によって同じ魔法でも威力が変わる、
という発想は当時RPGに関わる人間にとってかなり新鮮でした。
(ソフトの容量が増えたこともあって、この考え方は後年、
本家であるゲームのドラゴンクエストにも取り入れられました)

 と、非常にマニアックな前置きが長くなってしまいましたが、

 同じように「巡航速度」で仕事をしていても人によって絶対速度が違う、
 一見同じ仕事をしていても、人によってその中身、重みが全く違う、
 
 
ということは日常的に起こっているのではないか、と
先週のコラムを書き終えてすぐに考え始めたのでした。
その結果、思いついた事例が↑のとおりOzakiのバイブルともいえる
漫画だったのですが、改めて伝わりにくいことをお詫びします。
次回はタイトル以外平常モードに戻して詳しくご説明したいと思います。


(次回に続きます)
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飛行機は全速力では飛んでいない

2016-09-10 22:53:19 | 意識を整える

 今回のテーマは飛行機です。
読者のみなさんも、世界で活躍する方がほとんどですので、
飛行機にはよく乗るという方も多いはず。
では、皆さんが移動している時に、飛行機はどのくらいの
スピードで動いているかご存知でしょうか?


 一般的なフライトであれば高度30000フィート(一万メートル)で
時速800キロ~900キロくらいです。
これに風速が加算されて、実際の対地速度で言うと最大で
時速1200キロほどになる時もあります。
(もちろんプロペラ機ではここまでのスピードは出ません。
 飛行機の機種にもよりますので念のため)


 さて、
 
 乗り継ぎ便の時間が迫っている時
 長期出張を終えて早く日本に帰りつきたい時
 
などなど、飛行機の中で、もっとスピードがでないものか、
と思うことはありませんか?
残念ながらこれまでお会いしたことがありませんが、
毎回ファーストクラスでゆとりを持って旅をしています、という方は
こんなことは思わないかもしれません。

 が、Ozakiは特にパキスタンからバンコクを経由して日本に帰る時、
無意味にパキスタンからの出発が遅れることが多いので、
絶対にバンコクで乗り継ぎ時間が確保されるよう、

 「もっと早く飛べ―」

と念じていたことが何度もあります。
そして、実は飛行機そのものはもっと早く飛ぶことができるのです。


 通常の商用飛行で飛行機が飛んでいるのは「巡航速度」と呼ばれる
最も経済的なスピードです。
具体的には「最高速度」の約85%~90%程度なのだとか。
機械としての性能だけを考えればもっとスピードが出せるのですが、
より高速で飛ぼうとすると、

 機体の振動が大きくなり乗客の安全が確保できない
 エンジンや機体に負担がかかり、整備コストが上昇する
 空気抵抗も増大するので燃費が悪くなる

といったデメリットの方が大きくなってしまいます。
そのため、「最高速度」ではなく、「巡航速度」で飛行するのです。



 この話、我々のビジネスにも当てはめることができそうですよね。
仕事をできるだけ多くやろうと思えば、

 毎日限界ギリギリまで残業をして、週末も返上して働き続ける

という選択肢もあるでしょう。

 あれもこれも、頼まれたことはすべて完璧に、締切までにやろう

と気合を入れることも可能でしょう。

 ただ、こうした仕事の仕方を続けていると、飛行機が最高速度で
飛行を続ける時のように、デメリットも目立つことになります。

 疲労がたまり効率が上がらない
 休息がとれずに、寝込んでしまって仕事ができない期間が生じる
 完璧主義を貫くがゆえに、チーム全体の作業が滞る

などなどがパッと思いつくところでしょうか。
仕事では一定のペースでしっかりと続けられること、
決められた休日、有給休暇を除く不規則な休み(それも長期の)を防ぐこと、
かつチームとして効率が上がるようにすること、
が重要だと思います。


 飛行機がそうであるように、いざという時には性能上「最高速度」が
だせるものの、平時には「巡航速度」で安全かつ経済的に仕事をする、
こうした姿勢がいいのかもしれませんね。

 さらに理想的なのは「最高速度」が徐々に上がっていくこと。
こうすれば自身の「最高速度」の85%程度の「巡航速度」で
日々活動をしている場合でも自身の成長に伴ってスピードが上がる、
という計算になるからです。


 今回は飛行機の飛行速度から我々の仕事術に行かせる考え方を
ご紹介させていただきました。
 
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目に見えない『基礎』の大切さ(その2)

2016-09-03 18:49:01 | 意識を整える
 前回は横浜のマンション問題を振り返りながら、
建物に置ける基礎工事の大切さを考えてみました。
今回はこの事件を踏まえて仕事もしくは人生における
「基礎」の大切さをOzakiなりに書いてみようと思います。



 仕事において、また毎日の生活の中で
どうしても目が行きがちなのは

 格好よく成果を出している人たち
 テレビや映画や舞台で華やかに活躍している人たち
 高収入で人生を謳歌しているように見える人たち
 何らかの一芸に秀でていて、賞や肩書を多く持っている人たち

なのではないかと思います。
もちろんそういった人に憧れるのは悪いことではないですし、
羨ましいな、自分もああなりたい、
と思う気持ちは自然なものでしょう。
 


 ただし、忘れてはいけないのはそういった一見派手に見える人は
必ずその裏で相当な努力をしてきているということ。
そしてその相当な努力はマンションにおける地盤工事と同様、
第三者からは絶対に見えないものであるということです。

 格好よく成果を出す、例えば会社で一番売り上げを立てる営業マン。
そういった方に共通して言えるのは、
 
 お客様のところに何度でもしげく通う熱意
 お客様の立場を考えた商品や解決策の提案
 お客様の現状を踏まえたセールストークの準備

といった本当に地道な活動の積み重ねをいとわずやりきる、
目に見えにくいけれども重要なアプローチをしていることでしょう。


 テレビや映画や舞台で華やかに活躍する俳優さんたち。
我々視聴者が見るのはほんの一瞬、それも完成版だけですが、
その完成版に至るまでには台本を覚えたり、リハーサルを繰り返したり、
また大道具、小道具、照明、カメラ等々様々な役割を担っている
裏方の皆さんとの信頼関係、連携が必須のはずです。


 Ozakiの仕事も大部分は地味で、泥臭いものがほとんどです。
恐らく皆さんの毎日の仕事も一つ一つ何もかもが目立ちます!
という方はまずいらっしゃらないはず。
一年に一度か二度、キラッと輝く仕事をするために、
長い時間と相当な労力をかけているのではないでしょうか?
こうした表からは見えづらい「基礎工事」があるからこそ

 大きな金額の契約を取り付ける
 多くの人に感動を与える映像や舞台を作り上げる
 高い付加価値を生み出して高い収入を受け取る
 長い年月の努力と成果へのご褒美として賞や肩書を受け取る

という目に見える「構造物」ができるのだとOzakiは考えます。


 基礎が十分にできていない状態で派手な活躍だけを追い求めれば、
一時的に「構造物」ができたとしても時間が経つにつれて
傾いてしまうという笑えない事態にもなりかねません。
そしてその傾きは微修正しようとしてもそう簡単ではないのは
マンション取り壊し騒動も仕事も同じだと思います。 
表面的に取り繕うことばかり覚えて、
目先の格好よさ、華やかさを優先し、
本来積み重ねるべき努力を怠って数年~十数年経過してしまったら…。
そういう人は基礎工事に相当する地道な積み重ねを一からやり直す、
ということはかなり難しいのではないでしょうか?


 一般的なマンションの場合例えば5階建てであれば

 準備工事に一ヶ月
 杭・基礎工事に二か月
 躯体工事に五か月
 仕上げ工事・屋外付帯工事に二か月

くらいが工期の目安らしいです。
(読者に専門の方もいらっしゃいますので、間違っていたらご指摘ください)
つまり全体工期の約30%は目に見えない準備、基礎工事なのです。

 人生がおおよそ80年くらいとすれば大学卒業数年まで、
ざっと24年くらいが「基礎工事」になるということですね。
職業人生で言えば約35年~40年ですので、
最初の10年強は準備、基礎工事。
読者の皆さんの大部分は外部からでも出来不出来が分かる躯体ではなく、
まして目につきやすい内装でもない、地中の工事の時期と言えます。

 世の中には一見派手な世界が
あちこちに散らばっていますが、それはそれ。
最終的に人生が傾いてしまっては元も子もないと思います。
将来的に皆さんの職業人生はもちろんのこと、人生そのものに
歪み、傾きが出ないように基礎工事の期間をどのように過ごすのか、
じっくりと考え、日々行動できるようにしたいな、とOzakiは考えています。

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目に見えない『基礎』の大切さ(その1)

2016-08-21 02:18:14 | 意識を整える


 日本でここ一週間大きく話題を呼んだニュースと言えば、
三井不動産レジデンシャルという日本有数のデベロッパーが販売した

 「パークシティLaLa横浜」

の一つの棟が傾いているという事件でしょう。
(このコラムは2015年10月20日に配信した
メルマガのメインコラムです。
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世界的に見ればシリア難民問題やVW不正、TPP合意の詳細、といった
ニュースが主流でこの話はほとんど報道されていないと思いますが、
多くの日本人が注目している話だと思います。



 海外に暮らす皆様にもわかるように簡単に経緯を説明しますと

2007年12月に竣工し、三井不動産が販売していた705世帯規模の
大規模マンションの一棟が傾いているという話です。
傾きの原因は施工業者の下請けの下請け(孫請け)が行った
支持層(硬い地盤)の深さ計測ミス(実態としてはデータの虚偽記載)
によるものとのこと。

 一般に建物は地震が発生しても倒壊しないように強固な地盤で
建物を支えられるように支持層に杭を打ち込む必要があります。
支持層が地表に近い場合や一戸建て等小さい建物の場合には
杭を打たないケースもあるのですが、今回舞台になった横浜では
支持層が深いこともあって、十分に長い杭を打つ必要がありました。

 今回のケースでは事前の地盤検査で支持層までの深さが正確に
把握できていないにも関わらず「正しいデータ」として提出された
支持層までの深さに基づいて杭の長さを決め、その杭の上に
マンションの本体(躯体)を立てたために想定した支持力が得られず、
一部が沈んでしまったということのようです。
(建築、建設に関わっている方でOzakiの記述に間違いがある、
という指摘があれば遠慮なくご意見いただけると幸いです)



 さて、今回のケース、実際に傾いている棟に住み被害が生じている方、
また傾いてはいないものの立て替え議論に関わっている方にとっては
申し訳ないのですが、非常に示唆に富んだ事件と言えそうです。
今回からシリーズで、この事件が教えてくれる教訓を考えてみましょう。



 マンションを買う時に目に見えない地中の様子をじっくりと
検討する方はそれほど多くないと思います。
過去の洪水記録や地震の被害状況は調べると思いますが、
素人である我々は地面の下何メートルに強固な地盤があるのか、
その上にどのような地層が存在しているのか、を調べることは不可能です。
そしてもう一つ調べることが非常に難しいのはそうした地盤データに基づく
基礎工事の信頼性です。

 実際に目に見える範囲であれば

 扉の建てつけであるとか、
 壁紙の貼り方であるとか、
 窓の締まり具合であるとか、
 隣の音がどの程度聞こえてくるか(壁がどのくらい厚いか)、

等など、どの程度信頼してよいか判断できる根拠がありますよね。
素人であってもいくつかの物件を廻れば、どういった物件がよいのか
徐々にわかってくるものです。

 しかしながら、素人には絶対判断できない部分は目に見えない部分です。
マンションを買うとなれば設計図も見せてもらえますし、
地盤の調査結果も提示されるでしょうし、
構造計算書といったものも確認することはできるでしょう。
しかしながら、そういった目に見えない部分がしっかりとできているか、を
直接的な形で検査することはほぼ不可能といってもよいと思います。

 他方で、マンション選びをするとなった場合に
どうしても目が行くのは

 家族構成にあった間取りであり
 見た目の豪華さないし、窓から見える風景であり、、
 備え付け機器の利便性であり、

自分自身の目で見て納得できる部分なのではないでしょうか。
しかしそういった特徴は当初の想定と違っていても、
生活がまったくできなくなるというわけではありません。
ただ、地面の下や壁の内側等目で見えない部分に
大きな欠陥があれば、それは即建て替えが必要なほど
巨大な問題につながってしまうということが、
今回の事件では明確に示されました。



 目に見えない『基礎』がいかに重要なのか、
これはしっかり考えなければならないのだとOzakiは感じています。



(次回に続きます)

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