説教要旨とみことば

いのちの冠福岡教会の礼拝説教の要旨と聖書のことばです。

2017年1月29日 説教要旨

2017-02-12 08:05:40 | 説教要旨
2017年1月29日 説教要旨 
ローマ人への手紙12章1~2節

(1)私たちが罪と死、サタンの支配から救われたのは、私たちの行いや何かではな
く、神さまの愛と憐れみと恵み以外の何ものでもありません。「そういうわけですか
ら」私たちが自分を神さまに捧げることは当然なことですとパウロは語っています。
献身するというのは直接、牧師になるとか宣教師になるとかに限定しません。クリス
チャンはサタンの支配、奴隷状態から、神の支配、神の子となり、神の所有に移され
ました。ですからもう神さまのものなのですが、神様は紳士的な方で強制されませ
ん。私たちが自分で主に捧げかを選ばせて下さるのです。神さまに捧げると不自由に
なると思われる方がいますが、逆です。神さまは私たち一人一人のすべてをよくご存
じで最善の計画の中を歩ませてくださいます。神さまに自分を捧げて歩んで行きま
しょう。
(2)「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何
か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知る
ために、心の一新によって自分を変えなさい。」
私たちはこの世に生きており、この世と関わって生きています。しかし、この世と調
子を合わせてはならなりません。私たちはいずれ天に帰り、天国人として歩むことに
なります。その時、この世の財産や名誉、学歴や様々なもの、宗教的習慣は天国に
持って行けませんし、天国にそれらはありません。また、私たちは日本にいて日本人
としての考え方や習慣をもっています。良いものもありますが、聖書とぶつかること
も多くあります。それを聖書の思索、聖書の真理に意識的に「自分で」切り替えてい
く必要があります。例えば、聖書は「全てのことを感謝しなさい」と言いますが、マ
イナスも感謝せよと言われると、私たちの知性はナンセンスと感じてしまったり、理
解できなくなってしまいます。しかし、聖書の思索に切り替え、自分の思索や感情で
はなく、みことばを正しいとし、受け取って従う時に神のことばの真理、偉大なみ業
に預かります。心の一新によって自分を変えましょう。
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