私と名前。乳児期のトラウマ

2017-04-25 12:15:18 | 日記
ゲシュタルト療法の本を読んでいて、大きな気づき。

気づきのセラピー


私は第二子。
父が望むように、第一子は男の子、第二子の私は女の子として産まれた。

計画出産で、促進剤を使い10時間で出産。
難産だとは聞いてない。
つまりバーストラウマとは違う気がする。


でも、ずっと私の「悲しみ」は乳児期からあるものな気がしてた。

小学生でイジメにあった。
それも何となく癒したけど、残ってる感じ。


もちろん、記憶なんてなくて。
自分が何を見たり聞いたり感じたり、なんてわからない。

母から聞く、少しの思い出話からの推測。

第二子ということで、だいぶ放置されてた?
ちょっとくらい泣いてても大丈夫。みたいな。

そこかなと思ってたけど…



私の名前、しっくり来てなかったのは
この記事のとおり。
my name

名前の由来は、隣の市にある大きな神社で父がもらってきた、5〜6個の中から父が選んだ。
と母が教えてくれた。

私の名前を除いて、全てに「子」が付いていたらしい。
母の名前のにも「子」が付いてて、
「子」以外にも母の字を一字とったものも。

母は「その中からパパは私の名前の字が入っていない名前を選んだのよ」
と教えてくれた。


私はそれを聞いて「母は、父のその行為によって否定されてるように受け取った」のではないかと思った。

父の望むように女の子が産まれ、父が決めた名前をつけた。
(ちなみに兄の名前には父の名前の漢字が入ってる)

母は、私の名前を考えていたらしい。
でも父の一声で決定。

そのとき母が何を感じたかは知らない。

でも、その流れや温度感を、
たぶん赤ちゃんの私はそこで生で感じたはず。



だから、私が私の名前で生きることに違和感があったんだ。


名前は私そのもの。

母が名付けの時に複雑な思いがあったとすれば
私がそこに罪悪感や悲しみ、寂しさを覚えるだろう。


私は自分の名前を受け入れられなかったんだ。
つまり、自分を受け入れてなかった。

だから旦那も名前で呼んでくれない(笑)



母がその後もずっと、名付けのことを根に持ってるわけじゃないと思うし、
私の名前もちゃんと呼んでくれてるから
母の中ではきっと消化された話だと思う。

不器用ながらもキチンと愛してくれてた。


たた、私がそこで感じただろう思いが無意識に追い込まれ、ずっと保管されてただけ。

産まれて数日の心の傷。
母を悲しませた…という。



機会があったらもう一度母と、私の名付けについて話してみたい。

父にも、どんな思いで選んだか聞いてみたくなった。



ゲシュタルト療法的に考えると、

これまでの名前への違和感、
上記のことを考えてる時の筋肉の強張り、吐き気、止まらない涙。

でも今はキチンと愛されてた。
つまり、今ーここで感じる必要のない、思い。
母と父のパートナーシップの問題であり、
私は私、親は親。と境界を引く。


気づくこと、それだけでいい。
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