たてじま2の家計簿日記

統合失調感情障害の家計簿日記

日本ユースホステル協会のみの(日本国内限定)たてじま2個人の宿泊履歴。

2017年03月27日 18時26分20秒 | 旅行
1泊目。1990年12月30日。宇多野YH(京都府京都市右京区)(名称変更前)(建て替え前)
2泊目。1990年12月31日。宇多野YH(京都府京都市右京区)(名称変更前)(建て替え前)
3泊目。1991年1月1日。宇多野YH(京都府京都市右京区)(名称変更前)(建て替え前)
4泊目。1991年1月2日。宇多野YH(京都府京都市右京区)(名称変更前)(建て替え前)
5泊目。1991年1月3日。宇多野YH(京都府京都市右京区)(名称変更前)(建て替え前)
6泊目。1991年1月4日。宇多野YH(京都府京都市右京区)(名称変更前)(建て替え前)
7泊目。1991年1月27日。倉敷YH(岡山県倉敷市)
8泊目。1991年2月7日。宇多野YH(京都府京都市右京区)(名称変更前)(建て替え前)
9泊目。1991年3月10日。宇多野YH(京都府京都市右京区)(名称変更前)(建て替え前)
10泊目。1991年3月18日。宇多野YH(京都府京都市右京区)(名称変更前)(建て替え前)
11泊目。1991年3月19日。宇多野YH(京都府京都市右京区)(名称変更前)(建て替え前)
12泊目。1991年4月30日。輪島長楽寺YH(石川県輪島市)(閉館)
13泊目。1991年5月1日。曽々木梶山YH(石川県輪島市)(YHとしては契約解除)(旅館として営業という情報もあるしもう閉館の情報もある。調査してない。)(閉館)
14泊目。1991年5月2日。金沢YH(石川県金沢市)(閉館)
15泊目。1991年5月3日。金沢YH(石川県金沢市)(閉館)
16泊目。1991年5月4日。金沢YH(石川県金沢市)(閉館)
17泊目。1991年8月11日。高知駅前YH(高知県高知市)(閉館)
18泊目。1991年8月12日。宇和島YH(愛媛県宇和島市)(名称変更前かな?)(でも「森の宿うわじまYH」と同じ物件なのかは調査してない。)
19泊目。1991年8月13日。松山YH(愛媛県松山市)(名称変更前かな?)
20泊目。1991年8月14日。松山YH(愛媛県松山市)(名称変更前かな?)
21泊目。1991年8月15日。宿毛YH(名称変更前かな?)(でも「すくもYH」と同じ物件かなのかは調査してない。)(高知県宿毛市)(閉館)
22泊目。1991年8月16日。定福寺YH(高知県長岡郡大豊町)(閉館)
23泊目。1991年9月24日。名古屋YH(愛知県名古屋市区名は不明)(スタンプ記録はこうなっているが存在しない。)(閉館)
24泊目。1991年10月10日。木曽旅情庵YH(長野県木曽郡木曽町)(閉館)
25泊目。1991年10月11日。木曽旅情庵YH(長野県木曽郡木曽町)(閉館)
26泊目。1991年12月29日。札幌ハウスYH(北海道札幌市北区)(閉館)
27泊目。1991年12月30日。釧路YH(北海道釧路市)(休館)⇒(閉館)
28泊目。1992年1月2日。浜中YH(北海道厚岸郡浜中町)(名称変更前に行く。)(「きりたっぷ浜中YH」に名称変更。)(閉館)
29泊目。1992年1月3日。釧路まきばYH(北海道釧路市)(名称変更前に行く。)(「星のまきばYH」に名称変更。)(閉館)

30泊目。1992年4月29日。旅行1日目。仙台道中庵YH(名称変更前に行く。)(「道中庵YH」と現在なっている。)(宮城県仙台市太白区)(本日は祝日。新聞をstop掲示する。寮の方へ旅行日程提出する。4日まで。おみあげ誰に買ってこよう。10時45分頃寮をでる。新幹線で東京⇒仙台に向かう。12:30頃名古屋到着。東京発15:00仙台駅へ)(地下鉄仙石線の冨沢駅「¥260-」からきたが標識あることはあるがわかりづらい。)(ユースホステルは、今まで泊まった中では一番良かった方だ。)(談話室も小さなのと大きなの両方あり大きなのは、二階吹き抜けになっている。)(ゲストルームもあるようだ。)(2階は、あったがいけなかった。)(洗濯機、乾燥機は、1台ずつあり。)(風呂も4人ぐらい一度に入れる木の風呂であった。)(女湯は、これよりも、ちいさいそうだ。食事もおいしい。)(めしもペアレントさんが育てた稲で2~3時間前に精米した米だそうだ。たしかにおいしかった。)(部屋は、他に3人いて、1人は、夜行バスで来たみたいだった。他の2人は、車できたそうだ。十和田湖まで高速道路を使っていくそうだ。)(風呂から出てきたら他の3人は、布団引いて寝てた。ような記憶を思いだした。)(話の盛り上がりには、寂しい所だった。)(理由は、設備が良すぎて飛び込みのホステラーが予約が取りにくいのでいないせいかも?。)(午後9時50分ごろ寝た。)(1階すぎの部屋)

31泊目。1992年4月30日。旅行2日目。毛越寺YH(岩手県西磐井郡平泉町)(午前7時頃起きる。)(よく寝た。しかし夜中少し目が覚めてさびしさがけっこうあった。)(午前7時25分頃朝食をとる。)(会員証を回収して貴重品も回収した。忘れ物はたぶんない。)(8時30分頃道中庵YHを出る。)(地下鉄で仙台駅に向かい)(バスでずいほう殿に行く。伊達政宗の墓があるところ、50分ぐらいで見学を終わる。拝観料伊達3代のびょうしょで¥515-だった。)(バス代¥180-¥180-地下鉄¥260-)(仙台から松島へ小牛田へ。小牛田から石越駅13:12着く。一ノ関駅まで行く。)(一ノ関駅からバスで厳美渓に行く。あまりつまらなかった。周囲に民家があり雨も降っていて、ただし、だんごやが川向こうから、かごを用意してだんごを送ってくるというのがおもしろい。)(厳美渓から毛越寺に向って歩く。8km)(途中、だっこくのいわやを観た。1枚岩でできたその下に堂が建っている。蝦夷の悪路王がこもった岩窟だそうだ。30体の毘沙門天がある。堂横のがけには大日如来の浮彫が頭や顔の部分だけ残っている。)(毛越寺YH11号室1F男7名。他は家族連れのようだ。)(午後10時10分ぐらいに寝る。)(閉館)

32泊目。1992年5月1日。旅行3日目。野田YH(岩手県九戸郡野田村)(午前6時15分に起きる。)(朝6時20分ぐらいに毛越寺境内散策。あまりみる所がない。宝物館は発掘品や仏像などが展示してある。本堂と鐘をみてつってみただけだ。)(毛越寺YHは、旧館、新館からなっている。毛越寺の宿坊にもなっているらしく部屋の差はあるようだ。一般的にべッドだけがある部屋が「8個ある」それらしい。1Fに2部屋。2Fに2部屋ある。トイレは改装済みのため水洗で和式・洋式1個ずつありきれい。風呂は浴槽に2人。外に1人が洗えるようになり、計3人でいっぱいという感じだ。ペアレントさんはあまり話をしなかった。食事の際にもなし。)(YHに戻って朝食をとって午前8時にYHを出る。)(平泉駅に向かいバスで中尊寺にいく。バス代¥130-。コインロッカー¥200-。バス代¥330-。中尊寺・天台宗東北大本山・月見坂・弁慶の立ち往生の地・弁慶堂・さんこう堂・金色堂は、あまり感動しなかった。建物をコンクリートでおおっているせいか。9時44分のバスで中尊寺を後にする。その前に弁慶の墓を見た。なかなか他の人には、わかりづらい所だ。)(一ノ関「10:29」発で盛岡駅に向かう。「11:23」着10号13番E席。11時50分の盛岡駅発の龍泉洞行きに乗車する。)(途中、早坂高原、経由、5分ぐらいのトイレ休憩。カメラにとるほどのものではなかった。途中の経路は山と山ばかり。ダムとか湖などはあったが止まらないためおもしろくない。このまま予定どおり着けるかどうかが問題だ。周遊券で乗車可能なのに切符を買ってしまい損をした。切符代。¥2350-円也)(予定どおり龍泉洞について代金¥820-する。あまり鍾乳洞といってもつまらない感じだ。階段が長いし写真もいい場所はなかった。新龍泉洞の方もみた。上から水が落ちてくる。総延長は、2500M以上地底湖があり水深120M以上だそうだ。地底湖がみものみたいみたいだった。バスに乗り遅れそうになった。あわててかけこんでok。料金は周遊券の中に入っていていらない。岩泉小本駅着。)(玉川野田を目指して15:58発車する。玉川野田駅に着いたが道路を歩いて15分ばかりかかった感じだ。)(野田YHに到着すると、1F。2Fなどみていた。2Fは、1年4組、1年5組で、1Fは、食堂(体育館)、厨房(音楽室)、1年1組、1年2組、1年3組、などとかいてある。三陸鉄道線路沿いにある。トイレも水洗で、風呂の浴槽は、けっこう広かった。)(ペアレントさんは、「ねこさん」とみんなによばれている。ある話によるとホステラーがあそこの野田YHは、ヘルパーが多いといってペアレントさんは子連れだそうだ。その話はウソで一番最年長のおじさんがペアレントさん、子供は、ホステラーの子供で今は反抗期で大変らしい。)(パーティは夜遅くまでいろいろな話が出た。)(なかでも尻屋崎まで往復1100キロをのせてもらって日帰りさしてもらい女の人が男の人の車にのせてもらったらしいが好きな確率0%といい車にのせてもらって運転しているのは大変なんだといったら座っているだけでも疲れるんですといい他の人から鬼畜といわれている。Iさん。男の人は、奈良の方の人で大学でてから働いてなく会社役員で金持ちのK君だそうだ。そのほかにもおかしをかごの中にいれて金をださせていろいろあったらしい。)(深夜2時40分ごろ寝る。)(閉館)

33泊目。1992年5月2日。旅行4日目。YH末広館(岩手県宮古市)(YHとしては契約解除)(「旅館末広館」の名で営業中。)朝6時30分に目が覚める。ラジオ体操の音が近くでしたため、目が覚めた。午前7時ごろ食堂に行ったら誰もいなかった。7時になり食事をとった。朝食をとる人は少なく7~8人ばかりだった。8時26分の電車に乗るために8時10分ぐらいにでた。線路づたいに歩いた方が早くつくので歩いていった。電車は、8時22分ごろまでこなかったため安心、線路づたいにYHの裏の校舎からすぐおりることができた。YHのバス停は、気がつかなかった。龍泉洞で待ち合わせする女の人と一緒に田野畑か田野畑の次の駅まで一緒に行く。北山崎の観光船を待つこと1時間、10:00ちょうどに出発する。景色はよかったが写真はあまりとれなかった。三陸鉄道は、料金が高い。島ノ越から浄土が浜行きは本数が少なく早朝か夕方ぐらいしか便がない。船に乗ると船酔いになってしまい今日はもう船は乗れないぐらいになってしまった。宮古にむけて移動する前、駅の2Fでカレーライスを食う。本当はピラフが食べたかったのに。なかった。宮古につくまでほとんど寝ていた。宮古につくとコインロッカーに預けてスタンプをいろいろ押して浄土が浜行きのバスに乗った。浄土が浜は、北山崎と違って静かな女性的景色が広がっていた。観光船に乗りたかったが金も使いたくなく又、船酔いの為、まいっていた。YH末広館は、17号室。2Fの部屋。やはり野田ユースホステルの人のいうとおり宿の客が割といて、「YHの人」、「YHの人」、といわれ恥ずかしかった。団体としては、バスガイドの新人研修の女の人がたくさんいてよかった。午後10時に寝る。

34泊目。1992年5月3日。旅行5日目。遠野YH(岩手県遠野市)宮古のYH末広館にて、6時30分頃まわりがさわがしかった為目が覚めた。朝めしはたべなかった。7時33分ぐらいの電車に乗り宮古から釜石に向かった。釜石までの間、ほとんど寝ていた。昼近くに釜石(あとで地図みると変。?)までに行く途中に昨日同じ宿であった人と一緒に上有住駅で降りて滝観洞に行った。上有住駅を降りてすぐに滝観洞であるJRバスであるとなっているが3月以前に廃止になって普通の会社バス線になっている陸前高田方面に行くバス、洞窟にいくには関係はない。宮古の末広館YHで去年5月にあった人とまた出会った。能登半島一周した際一緒に車に乗せてもらったんだ。滝観洞はヘルメットとゴムの靴を貸してくれて中に入るガイドでは懐中電灯やカッパも貸してくれると書いてあるが貸してくれなかった。奥に880m進んでいくと大理石の大ドームがあって高さ29mの天の岩戸の滝が落下する風景がみられた。せまい通路が多く頭を5~6回ぐらいはぶつけたと思う。水も湧き出ている箇所が多くゴム靴でないと濡れるだろう。洞窟を出てきたら、2~3日前、毛越寺YHでであった東京の24歳ぐらいの人にであった。その人と一緒に遠野までもどってそこで別れた。連が2人いて1人はそのまま花巻方面にそのままいって、1人は遠野YHに連泊らしい。駅でいろいろ話をするがその人は、バスでまわって私は自転車でまわることにして荷物を預けて自転車をかりる。終着のバスの時刻17:35をみて4時間ぐらい自転車をかりてまわる。5月2日浄土ヶ浜の土産物屋で職場の秋山さんのお土産を買って。宅急便で送る。迷ったが、けっきょく送る。岩手県にいたことは結局ばれるでしょう。遠野に話を戻して早池峰山山麓にある街、遠野。南部氏、1万2500石の城下町。柳田国男の「遠野物語」で知られる民話の里が遠野。サイクリング。レンタサイクル代¥620-円也。遠野市立博物館に行く。遠野物語の世界。遠野の自然とくらし。遠野の民俗学などの展示。映画のようなコーナーもあった。しかし20分ぐらいしかみなかった。なかなかみやすい映像では、あったが人が多く立ってみるにはつらいため。とおの昔話村にいって柳田国男が宿泊していた旧高善旅館の部屋などがある。おばあさんの話なども一日に3回ぐらいあるようだが人が多くそばで聴いていないと何をいっているのかわからない。方言(遠野弁)などのためもある。人が少ないときにきてゆっくりよく聴いたほうがよい。鍋倉城跡は、時間がなかったため見なかった。遠野の端の方の500羅漢をみにいく。林の中の自然の岩に380体ばかり線ぼりしているらしい。そんなにあるようには思えなかった。次は、5kmぐらい自転車でいき続石をみる。けっこう山の上のほうにあり坂道がきつかった。最初の案内板の所を上にあがっていくより2番目の案内図を上にあがる方がよかった。次に1kmぐらい進み千葉家の曲り家にいく。入館¥320円。大きな馬家が突きだした典型的な南部の曲り家(重文)で250年前の豪かいな建築、馬家しかみせてくれないしつまらない。能登の上時国、下時国を思いだしたがそれより悪いと思った。3時15分から3時40分ぐらいにかけて雨がふり途中で雨やどりをする。途中であった東京の人が遠野は、毎日1回は、雨がふるといっている。狐の嫁入り、ただの1回はある通り雨いろいろいう人もある。遠野YHに泊まってめしは3~4回ぐらいにわけて食べるらしい。部屋は「天ぐ」という部屋だった。本日は談話室で寝る人がいるため完全消灯で23時には寝る。風呂もトイレもきれいだった。ただ満員で定員より多く47名ぐらいは泊まったと思う。常連ばかりがもり上がったいるという感じもあり連休中はあまりきたくないなあと感じるものがある。

34泊目の次の日。1992(平成4年)年5月4日(月)東北(岩手・宮城)旅行6日目。前日宿泊の遠野YHから滋賀県大津市石山寺辺の関西日本電気(株)石山男子寮に帰寮する。
今日は、6時には隣やあちこちでごそごそする人がいたため目が覚めた。6時40分に朝食を食べる。あまりつまらなく9時15分ぐらいに遠野YHを出て伝承園に行く。伝承園にいって人と馬が同居する曲り家などをみる。機織りの実演はなし。わら馬づくりの実演なども今日はないらしい。馬に恋した娘の物語を秘めるオシラサマ、を500体展示してある。おしらさまの着衣を付けて願いを着衣に書くらしい。願いを書いて1枚着衣につけた。そのあとカッパの淵にいってみた。カッパ役のおじさんは出てこなかった。遠野YHのおみおくりは見えなくなるところまで見送る。(玄関前にて)「いってらっしゃい。」と「又こいよっ。」と声をかけてくれる。一緒に伝承園やカッパ淵にいった人は、遠野駅についたとき見失ってしまった。遠野駅から福島駅まで各駅でかえる。福島駅についた時には、17:03ぐらいだった。17:22分ぐらいの時間で東京駅についたのが19:15分ぐらい。2時間ぐらいかかった。19:25分東京を出て22:13分ごろ京都につく予定。外泊の時間が22:00ちょうどだったと思う。遅れることを電話しなければならない。5日の花巻YHのキャンセルの電話は、もうしたが。今回の旅行は、ドタバタし移動して疲れただけのような気もする。しかしあちこちいけたことも事実だ。8月の旅は落ち着いて話ができるような旅にしたい。少人数ならなおいいかもしれない。今度は、自分から話かけていくようにしていけば楽しい旅になるだろう。北海道は、8月は、見送りかも。青森、岩手などに中心をおいて旅を考えよう。着がえも今回ぐらいでいいのではないかと思った。しかし今回は金銭的に苦しかった。5月3日4日5日と郵便局が休みの為、金が足りないほうだった。新幹線の特急料金代も、新花巻⇒福島間でけちった方だ。おみやげも秋山さんと家と寮の事務所と職場などに4つぐらいしかない。尾崎さんや小野さん山西さんなどにはなく困った。明けがらすを少しあけるしかない。手許金も2千円ぐらいかな。タクシー代で¥1000-ちょっと。明日のめし代などに少しいるため困ったことだ。21:40頃遅れるという電話を入れる。当直寮務は白井寮務員だった。一応ok。AM2:00頃寝る。

35泊目。1992年7月30日(木)曜日。(晴)。やまがたYH(山形県山形市)(閉館)東北旅行1日目。昨日は、AM3~4時ぐらいまで起きていた。旅行の出発の用意をしたり押入れを片付けたりしていたため、押入れのいらないものを捨てた。又新聞も7月30日から8月7日まで止めた。外泊用の札も、もらった。自治会関連として7月度の退寮者のリストを写した。寮生名簿、白い紙だけ夜のうちにセロテープにて貼った。セロテープは自治会室にもどした。部屋を出る前にふとんは押入れになおして掃除機を2カ月ぶりぐらいにかけた。尾崎さんに朝少しあった程度で特に話はしていない。山西さんらの部屋にいっていまから出かけるといって寮を出たのが10時5分ぐらい。山本さんがいたため、挨拶をして家に帰るといった。京阪バスも混んでいて駅についたのが、10時20分ぐらい電車が10時25分ぐらいだった。京都駅で切ぷをかった。きっぷの値段は、周遊券(東北)が¥31000-で、京都⇒東京が¥5340-。東京⇒山形が¥5480-で計¥41820-。ジユース代¥110-、電車代¥230-。手帳にも金額を控えた。小野さんが玄関前で電話をしていたが特に話はせず、俺は、無視してしまった。昨日の29日について#8号機は、D・PのO・Hしているときエアー漏れによって、P2、P3クライオダウンしていた。リフレールバルブを今井さんが清掃をしていて、俺は、教えてもらった。P2、P3同時にラブィングしていたが引かず、P2のみ25分ばかりひっぱって30mtorrぐらいしかひかなかった。規格というかよくわからないので、立木セッターにまかした。2拡フロアーに、俺のノートを置いておくべきだ。1拡フロアーにいても書く機会がないため。話はかわって、京都発の新幹線は、10:56ので名古屋経由、東京行きだ。朝からなにも食べていない。新幹線の中でやっとノートを記入した。うな重1400円+210円。飲み物110円。カルピスウォータをかった。冷房があまりきいてなく東京駅までは、31.0度ぐらいだった。東京駅についてから家にTELをいれた。卒業証明書どうなったかきかれたが会社に出したと答えた。妹の**は就職が内定したようで8月3日内定の為、大阪に行くらしい。*****の事務で岡山支店らしい。そのぐらいの内容だった。14:00頃TELした。はじめて今年7月1日に開業して山形新幹線のつばさにのった。やはりできたばかりなので内装もきれいだ。おまけに窓際にすわれた。つばさ129号山形行き。14:28発車~17:21着。いろいろ考えたが山形の1つ手前の駅で降りることにした。連絡を考えたら17:30~17:36で蔵王に着き、17:50にはTAXIでユースに着けるはずだ。しかしやっぱりわがままが出て山形駅まできてしまった。バスをみると17:44になっており30分ぐらいはかかると思う。18:30頃到着になるかな。山形駅は改築しているみたいでとりこわしを少しやっているようだ。県庁所在地には、あまりみえない。バス代は、350円だった。運賃表がよくわからなく整理券はあるものの運賃表示する装置がない。両替機も100円のみの両替。1000円札をくずすには、500円ずつだして時間がかかった。やまがたYHまで5分ぐらい歩いた。途中道に迷って時間がかかった。YHについたのが18:30ぐらい。部屋は、2階のあさひという部屋で4人部屋。冷房設備はなし。90円。90円。飲み物代。夕食は、好きなものでよかった。明日の予定はまだ未定。鶴岡YHにいくことは決まっているがこちらに13:30ぐらいまではいていても間にあいそうだ。やまがたYHでは早池峰山の話や蔵王やその他の話題があった。夜はクーラーがなくねぐるしい夜だった。東京からきた女の子はバイクできたようだ。

36泊目。(平成4年)。西暦1992年7月31日。曇り時々晴後雨。鶴岡YH(現在は、「つるおかYH」に名称変更。)(山形県鶴岡市)東北旅行2日目。朝は、早く7時頃、目が覚める。朝食は、7時30分ぐらいからだった。どこにいこうかまよって結局、蔵王駅までホステラーの人に乗せてもらった。でも上山駅のほうにいこうと思い別れた。9:07発のバスを待つ。やまがたYH前で写真を2枚をとられた。団体写真という感じかな。バスで上山温泉の方にいった。そして公衆浴場の下大湯公衆浴場に入った。30円と50円があったので50円の方は合わせたお金かと思っていた。しかし入湯料が30円で洗髪料が50円という意味らしい。80円払った。バス代が280円。朝の飲み物90円。上山温泉の駅で、おりたため、10~15分ばかり歩いて下大湯公衆浴場に入った。中湯公衆浴場にも、いったが、券を、そこでは、売っていなくて、酒店か魚店で、買うことになっているらしくそのお店が、わからなく入られなかった。番台にもだれもいなくて入ろうと思えば入れたがやめた。それから坂を上がって上山城に登った。その前に、コーラ110円を飲んだ。上山城の入城には、360円。コインロッカーに、荷物を、置いたが、それは、お金が返ってくるらしい。昭和57年に、再建の天守閣らしい。上山城に、スタンプがあったため押した。天守閣からの眺めは、あまりよくなかった。上には、なにもない。城を、降りたあと、二日町の公衆浴場に入った。ここも、80円。前の浴場よりは、小さかった。かみのやま駅に、もどった。駅に、もどると、すぐ、11時33分の快速山形駅行があったため、三ツ矢サイダー109円を、買ってから、電車に乗った。山形に、ついたのが、11時50分ぐらい。電車で、12:26分発、楯岡行きと、特急12:38分、秋田行きが、あった。楯岡行きに乗る。山寺にも、いきたがったがやめた。ペプシコーラ110円を飲む。天童を通るらしい。特に将棋で、有名らしいが、他は、温泉ぐらいのようだ。深浦YH、とれるかどうか、TELしてみよう。8月1日(TEL01737-4-3459)。上山城でスタンプを押した。また楯岡駅でも、スタンプを押した。そして、新庄駅で、スタンプを押した。楯岡駅から新庄駅までの間、眠いこと眠いこと疲れてしまった。ダイエットコーラ110円買う。地方交通線の為、しんどくなりそうだ。余目15:22らしい。東北にきてはじめて虫の鳴き声をきいた。たかやという駅にて。今日は、まだ家にTELしていない。バス代は、600円。時間にして50分ぐらいかな。又眠くなりつつもたどりついた感じ。深浦YHにTELしたがダメだった。鶴岡ユースホステルに、宿泊料金と夕食朝食で、7416円だった。部屋は、4号室だそう。えんぎが悪い。鶴岡の駅でコーンそば310円を食べた。夕食は、18:40分ぐらいからで、ありきたりの料理だった。男が6名以上と女1名だと思う。明日は、羽黒山か鶴岡市内見学か酒田市内に行くか温泉に入るかの4つあるがどうしようか迷っている。ジューススプライト110円。TEL代30円。山形の山寺がいいとこいっていたがいけなかった。又、蔵王中央高原もいけなかった。19:57分ごろ家にTELしたが特に変わったことはなく大じょうぶだった。TEL代50円。金沢YHがいいという話が出たり、富山YHもいいらしい。YH喜蔵院がいい(奈良の吉野山)部屋も廊下もきれいで広い。飲み物グレープ110円。せのもとYHの温泉ツアーがある。(混浴)。九州の阿蘇だそうだ。日本海側は、なんとなく帰路につく人のほうが多いような気がした。早池峰山にも登りたくなってきた。しかし、AM5:35分のバスらしい。22:20ごろ寝た。

37泊目。(平成4年)。西暦1992年8月1日。土曜日。曇り一時雨。鶴岡YH(現在は、「つるおかYH」に名称変更。)(山形県鶴岡市)東北旅行3日目。今日は、5時30分ぐらいに目が覚めたが、結果的に、7時35分ぐらいまで寝てしまった。朝食が7時35分ぐらいに食べた。今日も食器はあらわなくてよかった。鶴岡YHは、ペアレントが若い男の人、1人だけのようだ。8:33分の三瀬駅発鶴岡方面へ向かった。電車の中でとまっていた東京からきた女の人**さんがいろいろ話をしてくれた。保育園で働いているそうで休みがあまりとれないらしい。*があることなど意識せずにいたらしい。松島YHからきて鶴岡YHに*て、それから、秋田県のまつはYHにとまるらしい。鶴岡駅についた時点でわかれた。鶴岡駅でジュース110円。バスに9:07に乗った。羽黒山行きバス代900円。10時ごろ、着いて、家にTELをいれた。**のおじさんが社員になって30年、たったので、北海道を旅行に、いったらしい、二人でだそうだ。母方の**のおじいさんが**の孫がおみあげを、家に送ってくれたと、いってよろこんでいたらしい。子の方は、北海道に、いっても少ししか、おみあげをくれなかったそうだ。***君は、九州にいっているらしい。本殿に参拝して、おみくじ100円。と賽銭10円。スタンプをノートに押した。山の下の方におりてきて抹茶350円。を飲んだ。まだ距離的に、半分らしい。飛鳥がぽつんと海に浮かんで見えている。羽黒山は、随神門や平将門建立の五重塔やスギ並木、三神合祭殿などをみた。バスで鶴岡駅についたらバス代590円。ジュース代110円。鶴岡駅から湯野浜温泉行きのバスに乗る。バス代580円。だった。途中に南*寺が、あったようだがいかなかった。公衆浴場に入った。10円。ここしかないようだ。海水浴客が多いみたいで帰りのバスも1時間に1便のようだ。途中で中華料理店に寄ったためバスに乗り遅れた。帰りのバス代580円。15:04発のバスに乗り鶴岡駅へ向かった。中華料理店でからみそラーメンとギョーザーで。1000円。つかった。だいぶまった。13:45分から14:45分ぐらいまでかかり約1時間まった。団体のお客がいたためだ。鶴岡駅について普通列車16:17分の電車に乗り、17時前に、あつみ温泉駅についた。電車が遅れたが何とかなった。17時3分のバスであつみ温泉に向かった。バス代。260円。鶴岡駅でジュース。110円。あつみ温泉について、だいぶさがしたあと、2カ所の公共浴場をみつけて、入ってみた。2カ所共ただ。いそいで入ってバスにのったのが、18時2分だった。ジュース、コーラライト。110円。バスのお金足りずバス代。580円。しか払えなかった。運転手に断ってあやまった。鶴岡YHに戻ったのが、18:38分で、夕食の用意ができていて、みんな食べていたようだ。遅れて食べるのも少し気が引けた。今日の宿泊は、20名ー30名弱泊まっているようだ。ふろに入って日記を少し書いた。ジュースグレープ。110円。女の子を一名連れた男の人と少し話をする。弘前まで半日でいけると教えてもらった。温泉についても少し。その男の人は、青春18キップできたといっていた。子供は、6歳までいらないというそうだ。子供4歳の女の子に、名刺を、もらった。プリントごっこで作った、*******とかかれていた。ありがたくもらっておいた。もう1人、女の子がいるそうだ。ここには、きてなく長野県に、奥さんと、いっしょにいるらしい。明日の予定を少し考えた。秋田県で、なにかみようと考えたが、どれもダメみたい。大わに温泉によるか弘前か。22時頃寝た。今日の日記は、終了。

38泊目。(1992年)平成4年8月2日。日曜日。曇り時々晴。ひろさきYH(青森県弘前市)東北旅行4日目。今日は、6時30分ごろ、目が覚めた。7時30分ごろ、朝食を取り、8時33分の三瀬発の列車に乗り出掛けた。山形の名物、お米、お酒、メロンなど。長野からきた子連れの男の人と、もう1人男の人と余目まで一緒に乗った。神奈川県の川崎市からきた男の人、列車は、PCといって客車は、客車の機能しかもっていないらしい。9:32に余目を出た。やまがたYHと仙台道中庵YHに泊まるらしい。天気もよくてのどかだ。もう日程も半分終わっただろうか。雲の形が、いかにも夏という感じだ。酒田駅について、
39泊目。1992年8月3日。脇野沢YH(青森県むつ市)
40泊目。1992年8月4日。尻屋崎YH(青森県下北郡東通村)(閉館)
41泊目。1992年8月5日。カワヨグリーンYH(青森県上北郡おいらせ町)
42泊目。1992年12月17日。余部YH(兵庫県城崎郡香住町)(休館)⇒(閉館)
43泊目。1992年12月30日。スワコYH(長野県諏訪郡下諏訪町、推定)(当時の日記を読むと風呂もないと書いてる。)(夕食も、すわっこレストランとか書いてる。)(1Fには、こたつみたいなものに、マメタンがはいっていて暖かいとか。)(古い建物でだいぶ年代がたっている。)(旧館は、閉館)
44泊目。1992年12月31日。上田まほろばYH
45泊目。1993年1月1日。上田まほろばYH
46泊目。1993年1月2日。小諸YH
47泊目。1993年1月3日。清里YH
48泊目。1993年1月4日。木曽旅情庵YH
49泊目。1993年1月25日。御前崎YH
50泊目。1993年2月10日。まなべ三虎YH
51泊目。1993年3月14日。永平寺門前山口荘YH
52泊目。1993年4月30日。YH大石館
53泊目。1993年5月1日。安曇野パストラルYH
54泊目。1993年5月2日。安曇野パストラルYH
55泊目。1993年5月3日。安曇野パストラルYH
56泊目。1993年5月24日。いろり荘YH
57泊目。1993年7月16日。津和野YH
58泊目。1993年8月12日。木崎湖YH
59泊目。1993年8月13日。上田まほろばYH
60泊目。1993年8月14日。上田まほろばYH
61泊目。1993年8月15日。上田まほろばYH
62泊目。1993年9月13日。飛騨古川YH
63泊目。1993年10月9日。YH郡上洞泉寺
64泊目。1993年10月14日。萩YH
平成5年10月15日に、萩郵便局にて、風景印を押す。(41円葉書)。
65泊目。1993年12月27日。広島YH
66泊目。1993年12月28日。岩国YH
67泊目。1995年5月1日。田沢湖YH
68泊目。1995年5月18日。六日町国際YH
69泊目。1996年8月12日。上田まほろばYH
70泊目。1996年8月13日。上田まほろばYH
71泊目。1996年8月14日。上田まほろばYH
72泊目。1996年9月11日。日光YH
73泊目。1997年4月30日。保古の湖YH
74泊目。1997年5月1日。乗鞍高原温泉YH
75泊目。1998年6月25日。YGH ATOMA
76泊目。1998年6月26日。道中庵YH
77泊目。1998年6月27日。遠野YH
78泊目。1998年6月28日。遠野YH
79泊目。1998年6月30日。函館YGH(北海道)
80泊目。1998年7月2日。YH小樽天狗山(北海道)
81泊目。1998年7月3日。北湯沢YH(北海道)
82泊目。1998年7月4日。北湯沢YH(北海道)
83泊目。1998年7月5日。北湯沢YH(北海道)
84泊目。1998年7月6日。ろくごうふらりんYH(北海道)
85泊目。1998年7月7日。美瑛ポテトの丘YH(北海道)
86泊目。1998年7月9日。えりも岬YH(北海道)
87泊目。1998年7月10日。池田北のコタンYH(北海道)
88泊目。1998年7月11日。釧路湿原とうろYH(北海道)
89泊目。1998年7月12日。厚岸愛冠YH(北海道)
90泊目。1998年7月13日。根室トモシリYH(北海道)
91泊目。1998年7月14日。摩周湖YH(北海道)
92泊目。1998年7月15日。ラウスYH(北海道)
93泊目。1998年7月16日。知床岩尾別YH(北海道)
94泊目。1998年7月17日。知床岩尾別YH(北海道)
95泊目。1998年7月18日。斜里YH(北海道)
96泊目。1998年7月19日。清里イーハトーヴYH
97泊目。1998年7月20日。オホーツク小清水YH
98泊目。1998年7月21日。網走流氷の丘YH
99泊目。1998年7月22日。野中温泉YH
100泊目。1998年7月23日。サホロYH
101泊目。1998年7月24日。東大雪ぬかびらYH
102泊目。1998年7月25日。阿寒エンジェルYH
103泊目。1998年7月26日。美幌YH
104泊目。1998年7月27日。屈斜路原野YGH
105泊目。1998年7月28日。網走原生花園YH
106泊目。1998年7月29日。サロマ湖畔YH
107泊目。1998年7月30日。浜頓別YH
108泊目。1998年7月31日。稚内YH
109泊目。1998年8月1日。利尻グリーンヒルYH
110泊目1998年8月2日。利尻グリーンヒルYH
111泊目。1998年8月3日。利尻グリーンヒルYH
112泊目。1998年8月4日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
113泊目。1998年8月5日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
114泊目。1998年8月6日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
115泊目。1998年8月9日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
116泊目。1998年8月10日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
117泊目。1998年8月11日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
118泊目。1998年8月12日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
119泊目。1998年8月13日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
120泊目。1998年9月25日。利尻グリーンヒルYH(北海道)
121泊目。1998年9月26日。利尻グリーンヒルYH(北海道)
122泊目。1998年9月27日。桃岩荘YH(北海道礼文群礼文町)(礼文島)
123泊目。1998年9月28日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
124泊目。1998年9月29日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
125泊目。1998年9月30日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
126泊目。1998年10月1日。塩狩温泉YH(北海道上川郡和漢町)(休館⇒閉館⇒解体)
127泊目。1998年10月3日。小樽ヴィラ・マウンテングYH(北海道小樽市)(閉館)
128泊目。1998年11月10日。沖縄国際YH(沖縄県那覇市)
129泊目。1998年11月11日。沖縄国際YH(沖縄県那覇市)
130泊目。1998年11月12日。沖縄国際YH(沖縄県那覇市)
131泊目。2001年6月2日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
132泊目。2001年6月3日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
133泊目。2001年6月4日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島
134泊目。2001年6月5日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
135泊目。2001年6月6日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
136泊目。2002年6月1日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
137泊目。2002年6月2日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
138泊目。2002年6月3日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
139泊目。2002年6月5日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
140泊目。2002年6月6日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
141泊目。2002年6月7日。桃岩荘YH(北海道礼文群礼文町)(礼文島)
142泊目。2002年6月8日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
143泊目。2002年6月25日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
144泊目。2002年6月26日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
145泊目。2002年6月27日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
146泊目。2002年6月28日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
147泊目。2002年6月29日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
148泊目。2002年6月30日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
149泊目。2002年7月1日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
150泊目。2002年7月2日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
151泊目。2002年7月3日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
152泊目。2002年7月4日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
153泊目。2002年7月5日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
154泊目。2002年7月6日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
155泊目。2002年9月3日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
156泊目。2002年9月4日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
157泊目。2002年9月5日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
158泊目。2002年9月6日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
159泊目。2002年9月7日。桃岩荘YH(北海道礼文郡礼文町)(礼文島)
160泊目。2002年9月10日。なよろサンピラーYH(北海道名寄市)
161泊目。2003年2月28日。塩狩温泉YH(北海道上川郡和寒町)(塩狩峠にて夜に「アイスキャンドルの集い」に参加する。)(休館⇒閉館⇒解体)
(平成29年)(皇紀2677年)(西暦2017年3月27日(月曜日)/現在)(日々、更新中です。)
(平成4年)(西暦1992年8月2日)(東北旅行4日目)(鶴岡YHから酒田駅に着いた所。)(加筆中です。)



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