LO(O)SE40!

緩く自由に色んな物をどんどん海に投げていく旅の始まり

日立は頑張っていたのになあ

2017年09月07日 07時15分19秒 | Weblog
国会もないのに騒がしい政治関連ニュース続発のこの頃。まあひどいもんですな。

何故、するっと可決されたかいまだに疑問な日印原子力協定に続き、日立がイギリスに建設する原発へのメガバンク融資の債務保証を日本政府がするとの事。東芝で何も学んでないどころか、東芝すらまだ片付いてないんですけど何考えてるんでしょうか。何も考えてないんでしょうか。国会にも図らず国の行方を左右するような事を政府の一存で決めて良いんでしょうか。
びっくり、びっくり。

英原発融資を全額補償 政府、まず英の2基 貿易保険で邦銀に
https://www.nikkei.com/nkd/company/article/?DisplayType=1&ng=DGXLASFS01H5T_R00C17A9MM8000&scode=6501&ba=1

経産省有識者会議「原発位置付け明確に」
https://www.nikkei.com/nkd/company/article/?DisplayType=1&ng=DGXLZO20574470Q7A830C1EE8000&scode=6501&ba=1

東電の会長は元日立の川村さんですし、上記経産省有識者会議で原発に鼻息の荒いのも日立会長。経産省は原発新設と言い出すし、どいつもこいつも原発祭。核廃棄物の見通しが立つなら新設も検討して良いかと思いますが、残念ながら無理ですね。
大手電機、重電メーカーがあっぷあっぷしてる中、日立は持ち直して維持していたのに、一部上層部の為に腐っちゃうのか。

容認派だけど、無計画な事は許せない。目先の皮算用にすぐ負けるのも。本当に一瞬の瞬間風速でしか利益無いもん。

政治に興味ない人や、諦めちゃってる人は多いと思うけど、今かなり怖い局面ですよ。
最後はひとりひとりの人だから、良く見てようね、と思います。
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夏行った所その2、8/27「ユニバーサル・ネイチャー」日本の現代美術家6名によるカレワラ展

2017年09月01日 01時08分03秒 | Weblog
最終日滑り込みで表参道セゾンギャラリーへ。あれ?この辺じゃなかったっけ?と住宅街をぐるぐる回って到着。まずは入るなりパンチの効いた飯沼英樹さんの彫刻がお出迎え。


この展覧会はフィンランドの叙情詩カレワラを各アーティストが解釈して作品にしたもの。
飯沼さんの木彫りの女性たちは各シーンに出てくる女性を模したもの。木彫りの彫刻でありながら、絵画のようで、ファッション誌から出て来たようなモード感もあって不思議な作品。
カレワラは日本で言うなら古事記と遠野物語が合わさった様な神々がいて地が生まれ、人や生き物が地に生まれ、人の営みや争いがあり国に至る物語。
やはり産み育てるという所で女性の存在も大きくて、木彫りの女性達の意思の強い眼や、悲しい表情が物語を反映させる。


彫刻の奥には淺井裕介さんの作品。今回は消えない作品と消える壁画。
まず、物語に沿ったワンシーン毎の小作。


元々淺井さんの絵は物語や旅を感じさせるので、言い伝えが物語になったカレワラとは相性ぴったり。このまま挿画にして出版して欲しい。


そして壁には泥絵で風との子を産んだ世界の始まりの母が。淺井さんは男性なのに母性溢れている。男性だから愛情持って描けるのか。暖かさと力強さに溢れる絵。この絵も消えてしまうけど、お腹にたまるような幸福感は消えないなあ。

制作の過程や材料、時に頭に溢れる言葉まで作品にしてしまう淺井さんですが、制作中のスケッチも壁にペタッとあり、足元には小さな景色があり、カレワラを読んで食べて、更に自分の物語にもしちゃってるなあ、と見てて楽しい。


地下に降りて、太田祐司さんのカレワラの中に出てくる怪物の骨や掘削道具の展示と、それを発掘した人が語る映像という嘘作品。

ベースの物語があって、そこから更に発掘する事で現代に繋ぎ、しかも嘘、という大変手の込んだ面白い作品。
でも映像で語る男の人は真剣で、言い伝えって、その地域では神聖なものだよなあ、と思える。


次は田中愛弓さんのコラージュを写真に焼き付けた作品と、写真を重ね合わせ立体にした不思議な作品。



物語の幻想的な部分や不穏な予感、夢の記憶、そういう所に自然に馴染む。どこでもないけど夢に見たような懐かしい景色。
全然関係ないけどこの田中さんの作品を見てたら昔見た映画のピクニックアットハンギングロックを思い出した。どこにもいない綺麗な少女達がどこでもない場所へ消えていく。あんな感じ。


次は鴻池朋子さんの狼と熊の毛皮にきらびやかな刺繍をほどこした作品を床に見ながら、壁一面雪に埋まるなかで鴻池さんご自身の歌う映像を見る。


秋田民謡とカレワラ民謡を掛け合わせた歌だそうだが、違和感なく物語に溶け込んでいる。
言われなかったらフィンランドの歌かと思ってしまう。冬の長いフィンランドの寒さ、厳しさ、そして暖かさを体で感じるような作品。


壁際にフィンランドの歴史が重要なページを本からコピーして貼り付けてあって、しばし端から読む。
やはりロシアに面してるから昔からロシアとの攻防があり、人が行きつ戻りつして、内カレワラ、外カレワラみたいな、モンゴルと中国国境みたいになっている。


前に、ミュシャ展に行った時にも思ったけど、歴史(主に戦争)に翻弄されて来た国や土地は自分達の物語を大切にするし、大事に語り継ぐね。
だからこうして島国単一民族国家というレアな国の私もその物語を読んで、国境が陸続きであるからこそ翻弄されて来た歴史をしる事が出来るよ。


最後は別室でしりあがり寿さんの画期的なアニメーション作品。


真っ暗な部屋に他方向からプロジェクターを仕掛け、立体的に文字が流れてきて、それだけなら電子書籍のでっかい版なのですが、
フォントがパラパラ降ってきて言葉になったり、線が引かれてコマの様になったり、戦いのシーンでは、激しい吹き出しや、ばらけたフォントが集まって鳥になって攻撃してきたり、読みながら、場面展開を楽しみながら、映像なのに読書、つうか漫画?みたいなノージャンルの映像に、
しりあがり寿さん演奏という音楽が盛り上がりを添えて、弁士のいない冒険活劇の様にもなっている。
いつもしりあがり寿さんの漫画は新刊を楽しみに買っていて、その度に大笑いして、それまでの漫画観を打ち砕かれて、楽しく読んできたけど、真夜中の弥次さん喜多さん、お~いメメント、ゲバラちえこの革命的な生活辺りからちょっとおかしな漫画からドカンと考えさせられる漫画に移行して行ったと思うけど、それがまたここでドカンと展開したなって感じ。
いくつになっても新しくなる事を厭わない、しりあがり寿はやっぱりパンクだと思いました。    

で、また一階に戻り、更に飽きず淺井さんと飯沼さんの作品をぐるぐる見て気持ちをお腹一杯にして帰路につきました。
そのあと、表参道~外苑前~国立競技場~青山一丁目、と長い散歩して帰ったんだけどね。一人で黙々歩いてただけだけど楽しかった。
頭の中を整理したいときは歩くに限る。

久々の青山はベルコモンズが無くなってて悲しかった。若い頃の背伸びおしゃれスポットでした。

写真を沢山撮ったのですが眠いので余力がある時にアップします。
今日はこの辺で、おやすみなさい。

※写真やっと載せました。お楽しみください。9/7
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