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He who laughs last laughs best

自己に打ち勝たせる希望

2017-04-19 00:05:05 | 
「本当のことを乗り越えさせる希望」 「’’虚栄’’が打ち砕く希望」より

現在、健康に関する一般書籍やテレビ番組は多いが、毎月毎週発売される雑誌の類でも、健康に関するものは多い。
事程左様に健康問題にマスコミが食い込んでいるだけに、本書「虚栄」(久坂部羊)には「医師と癌治療」だけでなく「マスコミと医学の報道」というテーマもあると思われる。

「あの食品・サプリメント・運動が良い」と報道されても、しばらく経つと真逆の報道が出てくるのが常なので、素人は何を信じれば良いのか分からないが、本書でも「がんの凶悪化」の原因として、過剰検査による医療被曝説(日本人特有らしい)や電磁波説が詳しく説明されている。

がん凶悪化、医療被曝 犯人説・・・日本は海外に比べて放射線関係の検査が多く、専門家の間では’’医療被曝大国’’と呼ばれているとし、放射線によるDNA障害が癌の増殖反応の引き金となっている(という説)。
(『 』「虚栄」より引用)
『アメリカとスウェーデンの大規模調査で、年一回の胸部レントゲン撮影では、肺がんの死亡率は下がらないことが証明されています。有効だとされる乳がんの検診でも、40歳以上は、検診で死亡率が下がることより、検診に伴う不利益の方が大きいので、アメリカでは積極的に行わないと、政府機関から報告がありました。なのに日本は、今も医療界と厚労省が口をそろえて、がん検診の受診率アップを図っています。これって変だと思いませんか』
この疑問に対しての科学部の記者の答えは、「無用な検査で莫大な利益を挙げることができる、検診業界の圧力」ということになっている。

これだけ読めば、海外のデーターは気になるものの今流行りの陰謀論にも思えるが、本書では珍しい良心的医師の次の言葉を読むと怖ろしい。
『(医師は癌検査を受けるのか、と問われ)毎年受けている医者は、ほとんどいないでしょうね。放射線科の知人は、胸のレントゲンと胃のバリウム検査を毎年受けていたら、がんになる危険性は確実に高まると言ってました』
この言葉は、本書の作者が現役の医師であると念頭において読むと更に薄ら寒さを増させるものである。
・・・・・。

本書には もう一つがん凶悪化の原因として取り上げられているものがある、電磁波である。
本書によると、総務省のホームページでは「弱い電磁波を長時間浴びることによる発がん性の有無について、動物実験などの研究が行われていますが、現在のところ有害性は確認されていません』と安全性ばかりが強調されているらしいが、世界的に見れば その認識は些か正確性に欠けるようだ。

アメリカのワシントン大学、ヘンリー・ライ博士の報告
『2・45ギガヘルツ(日本で使用される周波数よりやや高い)の電磁波を、頭部に二時間照射したラットの脳細胞で、DNAが切断される現象が多く見られた。DNAの損傷は二と情的に怒るが、通常は修復機能が働いてがん化を防いでいる。電磁波を照射されると、この修復機能が低下すると考えられる』

フランスのボルドー大学国立科学研究所センター、ピエール・オービノー博士の報告
『ラットの脳に0・9ギガヘルツ(ヨーロッパで使用される周波数)の電磁波を二時間照射したところ、脳内のタンパク質が血管から髄膜に漏れ出ていることが確認された。その際、局所SARが2W/kgで、「血液脳関門」からの流出が起きている』(SAR値 2W/kgを、日本の総務省は安全としている)

2011年5月、WHOの「国際がん研究機関」が、『ケータイの電磁波に、限定的ながら「発がんの可能性がある」との分析結果を発表した』のは、『イギリスやスウェーデンなど、さまざまな国で行われた疫学的研究で、ケータイを長時間使用する人に、神経膠腫という脳腫瘍の発生が多いことが判明した』からだという。

ヘンリー・ライ博士やピエール・オービノー博士は実在の人物であり、本書に記載されている報告内容は事実であるし、WHOの分析結果の公表も事実である。
これらの説は一頃 日本でも話題となった記憶があるが、喉元過ぎれば何とやらで今現在、電波を取り締まる総務省は「有害性は確認されていません」と宣っている。

だが、『ある調査では、従来のケータイに比べ、スマホになってから、メールの送信回数は1.5倍、下むの使用は3.5倍、ツイッターやブログを見る時間は4.5に増えた』という事実を突き付けられれば、「お上の事には間違はございますまいから」と言いながらも、「がん凶悪化、電磁波犯人説」にも一票を投じたくなる。

このような説に戸惑う素人の不安を煽るのがマスコミだが、そのマスコミが、多くの医師の反論にも拘らず世に問い続けている説があり、それが本書でも大きな問題提起をしている。
「がん放置療法説」
本書でも、「外科医が手術で治したと思っている患者はすべて’’偽がん’’なので手術しなくても死ななかった。一方で’’真がん’’なら手術しても助からないので、外科的侵襲は却って寿命を縮めるだけであり放置するべし」という「真がん・偽がん」説が登場する。

この「真がん・偽がん」説を取る医師は、自身に肺がんが確認されたときにも放置療法を選択する。
『(自らの癌が)「偽がん」なら、このまま放っておいても大丈夫だ。むやみに検査したり、放射線を当てる方が危険なんだ』
『(もし真がんだったら)その時は何をやっても無駄さ。細胞レベルでは肺以外の臓器にも既に転移しているだろうから。手術や検査で刺激すると、癌が活発化して、急性増悪する危険が高い。だから、何もしないのが一番なんだ』
・・・・・。

過去に処方された風邪薬でキツイ薬疹がでたことがあるので、私は病院にも治療にも少し懐疑的なものを持っている。
だから、今までの私なら「無用な治療はすべきではない」という説に諸手をふって賛成するだろうが、上司が胃癌の治療に前向きに取り組もうとされているのを目の当たりにしている現在、放置療法賛成とは言い難い自分に気が付いている。

本書では、「G4」プロジェクトを取材するマスコミの視点も詳しく描かれているが、主要なマスコミ人の二人が厄介な癌に冒されるため、そこに患者の視点も加えられ、読者の思考を喚起してくれる。
医師の「メディアの人間は、効きもしない治療を無責任にもてはやし、偽りの希望を持たせて、結果、患者を失望させて知らん顔だ』という言葉は、表紙裏に刻まれる『当てにならない希望と、辛いけれど本当のこと。どちらがいいですか』という言葉に繋がるのだと思う。
それは、職業柄、日常的に多くの生死の現場に立ちあう医療関係者の正しい見識なのだと思うが、医師が十把一絡げにする患者の、一人一人にとっては、癌の診断・治療は人生に何度もない一大事なのだ。
だから、癌患者となったマスコミ人が、治療の選択に悩みながらも希望をすてず、最後まで闘う姿勢を貫くことに、今は特に今は共感して読んでいた。

ただ、生きとし生ける者は、必ずや最期の時を迎える。
それは、天寿を全うするものであっても、事故であっても、変わることはない。
だからこそ、癌とくに凶悪化した癌の存在について述べる件は、考えさせられる。
『(どれほど医療が進歩しても癌が克服されないどころか凶悪化までしていることについて)がんは自己だからですよ。19世紀ベルリンの病理学者、ルドルフ・ウィルヒョウはこう言ってます。「がんは成長しなければならないという、謎めいた未知の衝動に憑りつかれているかのようだ」とね。言い換えれば、がんは人類のためにあるということです』
『日本の超高齢社会のひずみと、進み過ぎた医療の矛盾。寝たきり老人、施設での老人の飼い殺し、チューブと器械に生かされる尊厳のない命、そんな’’悲惨な長生き’’を避けるため、無意識の恐怖が圧力を強めて、がんを凶悪化させたとは考えられませんか。がんは私達の一部なのですから』

この言葉に今は、諸手をあげて賛成することはできない。
命と真剣に向き合っておられる姿を目の当たりにしている現在、進み過ぎた医療の矛盾の結果を’’悲惨な長生き’’と切って捨てることは到底できないからだ。
だが、社会問題として一般論として考える時、若い我々の世代がこれから受けることのできる医療サービスの、その世代間の公平という視点は、かなり深刻な問題として、そう遠くない将来顕在化してくると思われる。

命について考えることは、生き方について考えること・・・・・
上司の治療が最大限の効果をあげると信じ、祈りながら、自分にできることを精一杯していこうと思っている。
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