心の灯り。 心の悩みを解決して前を向いて歩こう。 陽さす明日があることを信じよう。

恩師に人のために生きることを学びました。
「自利利他」を座右の銘としています。
相談無料困った時はご一報ください。

春を感じた一日。

2018-02-14 18:13:28 | 日記・エッセイ・コラム

今日は朝から晴天。日中の気温は上がり春を思わせる一日でした。
これからは、雨が降るたびに暖かくなる季節です。が、また明後日は寒くなるような予報です。
久し振りに菜園に行って来ました。2時間ほど草取りをしてきました。霜で持ち上げられた草は
簡単に抜くことが出来ました。梅も今日の温かさで蕾が膨らんでいます。
早く暖かな春が来ることを期待している今日この頃です。

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針供養

2018-02-08 17:37:32 | 一般知識

2月8日は針供養の日です。テレビで埼玉県のお寺で行われた針供養を放映していました。
サビた針や折れた針をコンニャクに挿して供養するようです。和裁関係の人が多かったようです。
今日は晴天でやや暖かな日でした。昨日、メジロのためにミカンをエサ台に挿して置いたのですが
メジロは来ませんでした。普通ならみかんを刺したとたんに食べに来るのにと思っていました。
庭の敷石を歩いているとメジロの首と羽が落ちていました。ビックリしたのですがヒヨドリに
襲われたようです。ツガイできていたのですが残念です。首は丁寧に木の基に埋葬しました。
今迄初めてのことで驚いています。自然の弱肉強食を目の当りにしてショックです。

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帝釈天参拝

2018-02-07 16:59:54 | 日記・エッセイ・コラム

昨日(2月7日)柴又帝釈天に参拝に行きました。自分は今年北方に在籍しますので方位除けをお願いし
本堂にて経をあげて頂きました。方位除けのお札を頂戴してきました。
帝釈天は毎年参拝に行っています。昨日は平日でもあり参拝者はそれほどでもありませんでしたが、
相変わらず結構な人出でした。
皆さんも自分の星が北・北東(鬼門)・暗剣殺方位等にに配されたときは方位除けをお薦めします。
気分的に一年間が無事過ごせることに安心しますよ。
それにしても今年の雪はすごいですね、被害に遭われている北陸地方の方に御見舞い申し上げます。

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幸せの為に

2018-01-29 17:33:45 | 社会・経済

「幸せのために」という話を読みました。食品会社の会長の話です。
会社経営の大切なことは「フアンづくり」です。お客様ではなく「フアン」、日本語で信者とも言います。
「儲」かるという字は信者と書きますから、会社が儲けたかったら信者を作らなければいけない。
たくさんの信者が居たら会社は安泰です。では、どうしたら信者になってくれるのか、これを何時も社員に
考えさせています。
それにはまず、尊敬される会社にならなくてはいけません。ではどうするか。そもそも倒産したら当然なんにも
なりませんから、いつでも良い状態で永続しなくてはなりません。社員教育をして、社員一人一人が世の中の為に
なるような行動をしなくてはなりません。まずは会社が美しくなければ誰も尊敬しないでしょう。
だからまずは掃除です。業者に頼んで綺麗になっているのでは、誰も偉いとは思ってくれません。自分達でやらね
ば意味がない。
経営も同じです。単に儲ければよいのではなく、もう少し哲学的な経営論を持つことです。有名な松下幸之助さんや
京セラの稲盛和夫さんは若いころ肺結核を患っています。若いころに生死の問題と向き合うことはとても大事なこと
だけれどもなかなかそれは出来ません。しかし教育の根本はやはりその辺にあるのだと思います。
昔の教育は、どう生きるかとか人生はたった一度とか、道徳にかなり力を入れられていましたが、今はあまり教えら
れていないのでしょう。知識とかスキルを教えるのが教育だと勘違いしている。
会社の経営も同じです。会社は利益を上げるのが目的と思っている人がずいぶんいますが、全く違います。
私は、人間の営みのすべては幸せのためにあるという結論を持っています。勉強会を開く、学校を作る、お寺をつくる、
会社を作って商売をする、そんな人間の営みは全て幸せのためにやっているのです。皆が幸せを求めている。
にもかかわらず人間の営みの最大のものと言われる経済活動の中で、倒産があり、首きりがあり、移転があり、いろいろ
なトラブルが起きて不幸な人がたくさん生み出されているというのは一体どういうことなのか。
ですからこの会社は、たとえ大きくなっても上場はしないと決めました。上場しなくても、みんなが幸せになれる会社を
つくれば、それでいいのです。
会社は「利他」をしなければ上手くいきません。他人のため、地域のため、世の中のためにつくしていくことです。
社員の幸せを通じて社会に貢献していくことが、企業のあるべき姿だと考えています。
途中割愛してありますが、経営者としての心得を再考する言葉でした。

 

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実れば実るほど頭を垂れる稲穂かな。

2018-01-25 15:42:42 | 日記・エッセイ・コラム

大慈院住職  戸田実山 さんの言葉より

「実れば実るほど頭を垂れる稲穂かな」
稲穂は実れば実るほど頭を垂れるものなのだ。人間も実れば実るほど、偉くなればなるほど頭を垂れなくてはならない。ところが近頃は大企業の偉い方や、偉い政治家がテレビカメラの前で何度も何度も頭を下げさせられている姿が映し出されています。あれは実った稲穂が頭を垂れているのとは大違い、一体誰に誰に向かって下げられている頭なのでしょう。多分、いつの間にか自分の力を過信し、俺は偉いんだ。と思い違いをしてしまう。上から物を言うようになり、そのうち人を見下し、実り過ぎてジュクジュクに熟れた柿のようになって、地面に落ちて泥まみれしまう。
一代で世界に冠たる会社を立ち上げた偉大な起業家も、いつの間にか世界から消えてしまう。これは、政治家や実業家だけでなく一般人・僧侶も特に気を付けなければならない事柄なのだと思います。今時の若い僧侶は、昔の老練謙虚な僧侶程でないにしても、俺たちは別だ(何が別なのか解かりませんが)、という少し間違った優越感が時たま頭を出し世間の顰蹙を買う。
今こそ「実れば実るほど頭を垂れる稲穂かな」の事を心掛けたいものです。と言っています。
私もいつも思います、子供のいじめによる自殺。学校の対応に対していつも思うことは、先生自身の自分の身を守るために「知らなかった」という言葉です。そして現場の先生を統括する教育委員会の偉そうな態度です。追及されると現状を認めテレビの画面で頭を下げて謝る。何時もこの状況です。何度テレビで見たことでしょう。
昔から、誤って済むのなら警察はいらない。という言葉があります。もう一度考え直さなければならないことです。
以前に学校の先生がお見えになり、荒れた自分の子供たちの教室をどうしたらよいでしょうか?と相談されたことがあります。私が先生に質問しました、教育とは何ですか?、授業とは何ですか?先生は答えられませんでした。
その意味を話してあげましたが、教育者である先生がこれでは困りますね。

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