対極論

正論・異論・極論…様々な角度から考察する思考実験ブログ

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

大極論 42号 試される民主主義?(その1)

2017-01-02 05:05:12 | 時事・思考実験
正論・異論・極論…様々な角度から考察する思考実験
【朝日新聞元日紙面】試される民主主義(我々はどこから来て、どこへ向かうのか)★3(2ちゃん 速+・朝日新聞)

民意が暴走しているようにみえる。民主制の先輩である欧米でも次々と。これは民主主義の失敗なのか。(ニューヨーク支局長・真鍋弘樹)

【お題】
民意が暴走している…民主主義の失敗かと論ずる朝日新聞だが?
民意の暴走から始まる革命の歴史を論ずるまでもなく、人々の情熱が民主主義の一面でもある。
民主主義の未来はどうなるのか?

【極論】
A:
なぁにを言ってやがるw
アカヒこそ民衆を扇動して民主主義を壊し、法治主義を腐らせようとするテロリスト支援機関じゃねーか!
北朝鮮の拉致工作と協調していた土井をおたかさんブームと囃して社会党を躍進させようとしたり、火炎瓶で機動隊員を焼き殺したとされる人間や日の丸を燃やして喜ぶ国賊が組閣に入る民主党内閣をヨイショしてたテロリスト新聞が何ですか?

B:
でもそれって最終的にはそういう議員や政党を選ぶ有権者の責任だよね?

A:
正しい認識は、正しい情報と正しい分析によって成り立つと思う。
正しい情報が入らないならば間違った情報分析にならざる得ない、朝日新聞みたいな捏造国賊新聞の駆逐こそが民主主義の正常化に必須だな。

B:
政治や社会などの情報の真偽を判断する基ソースを知る術は庶民には無いが、ソース源となるメディア・マスコミを選ぶ権利は庶民にもある。
また、ソース源のメディアの真偽性を検証する術も今ではある程度存在する訳だが、まだ虚偽を垂れ流すマスゴミに依存し情報源と信奉する輩が有権者に多数いる訳で、そうした間違った虚偽情報を信奉する人間が誤った判断で社会を動かすから始末に負えない。

A:
情報の真偽性を判断する術が庶民には不完全だから、判断する前提がどうしても発信者の「権威性」に依存してしまう事は仕方がない。
だからこそ権威性を楯に虚偽情報を真だと偽り垂れ流す捏造新聞は駆逐するべきだろうね。

B:
情報収集を行うプロの報道マンも、事件・事柄の当事者ではないので、どうしても誤報が発生する。
誤報を事由に捏造報道だと駆逐するならば、報道は萎縮するよ。


A:
社会のあらゆる産業は安全性や信頼性という名で本来出せる能力をある意味の「萎縮」させてでも確実性を取るものだよ。
だがメディアだけは誤報上等で欠陥情報を垂れ流す。

あと言っておくが、色眼鏡・イデオロギーである側に有利な情報を垂れ流している段階で既にメディアは「当事者」だぜ?
イデオロギー志向のマスゴミが捏造で情勢を動かすテロリスト=当事者…いや捏造でなくとも「事実」を報道する時点で情勢を動かす当事者なんだがな。
またマスゴミは自分達は不偏中立だと標榜しその当事者意識が皆無で、また中立だと標榜しながら「第四の権力」を嘯く悪質性の高い矛盾を晒す。

仮に民主主義に危機があるとしたら、そうした偏向・捏造を当たり前に行う事が正義の達成の為に当然視してたマスゴミに対して、
異議申し立てを行う有権者がある意味のメディア無視・パッシングを行いネットを使い自らで情報を収拾し判断した結果、ネット上の捏造・誤報に溺れながら判断するという危機はあるがな。

B:
「ニュース」とは今現在分かっている事を放送や紙面に出す、って速報性も必要。当然不確実情報も内包する、後になればそれが誤報だとされる場合もあるが、それよりも緊急性が必要な場合もある。
欠陥情報の責任を責めるより、情報のフレッシュさを評価する側面も必要。 むしろ問題は読者視聴者のフレッシュな情報を盲信する情報リテラシーにあるのでは?

A:
誤報のデメリットより速報性にメリットを感じるのは、誰なんだい?
大概のニュースではスクープ合戦や速報競争などでメディア側の都合だろ?

緊急性の高い災害速報などは別だが、大概のニュースには国民にとっての速報の重要性は無く、視聴者・購読者の好奇心を満たす需要に応じるメディアの会社都合の話じゃん。

速報を国民の利益だとするのは単なる言い訳で、実際は企業の論理であり、その言い訳を正当化し情報の洪水を引き起こし、考え判断する間を与えずに固定概念化させ、謝罪の機会を放棄しても無問題にする手口に過ぎないと思えるのだが?


B:
誰よりも速く知りたいという欲求は視聴者・国民からの要求だし、実際に出し抜きスクープ合戦で勝ったメディアの視聴率は上がり週刊誌販売額も高くなる。 経営と需要が合致している以上、誤報が多少有ってもメディアの責任でもある一方で視聴者の責任でもあるのでは?

難しいと思う事は、情報を速く欲する視聴者読者と速い情報提供が利益になるメディアの会社の都合が合致する事と、
メディアが権威というプライドに縛られ誤報を訂正しずらい自縄自縛状態と、そうした間違いが無い・認めないと強弁し批判を無視するメディアにそれ故の信頼性・権威を感じて盲信する視聴者読者の関係に問題があったのではないでしょうか?

そうした要求需要と供給・意固地な自己保身と盲信という危険なバランスが、ネットの出現によりそうしたメディアの意固地な態度にネットで疑問を呈する者の欺瞞を生み、
メディアの権威の意固地な態度は恣意的な捏造と責任逃れの為の更なる捏造と解釈されレッテル化し、メディアとネットユーザーをはじめとする市民との埋め難い溝になったのではないか?と思います。


A:
(B)さんの論理では、「売れるなら誤報が混ざっても構わない」と考える一方で「報道マンとして謝罪により報道の権威・信頼性を落としたくない」と考え、粗製乱造の情報を乱発しながら謝らない言い訳ばかりする事がメディアの経営論理…ってなりますぜ?
これって三菱自動車やサムソンの品質改竄と事故・クレーム隠蔽と何が違うのですか? いや、工業製品よりも人々が盲信しやすい報道・識者の立場で品質改竄と欠陥隠しをやっている以上、もっと悪質ですぜ?

まぁ私は「経営の都合で誤報も仕方がない」なんてある意味の善人性ではなく、「捏造してでも国民を騙してでも誘導する事がジャスティス、捏造がバレても媒体の権威で黙らす」って傲慢な悪意性に満ちた偏った思想で大衆を扇動しているのがマスゴミだとおもっていますけどね。

C:
まさに「赤いニシン理論」ですね。
生の鰊は身が白色で、身が赤い鰊が売られているのはその鰊が燻製で着色されているからです。
日本では塩焼きや身欠きにしんの甘露煮・昆布巻きなどで食べられ赤い鰊の燻製の方が珍しいが、欧米では鰊は燻製で食すのが一般的。

欧米の用語・赤い鰊は、食卓に並ぶ燻製鰊の先入観があるから実は鰊が白身だと信じない欧米人から来ていて、
メディアや教育がある物事をアナウンスし教育すれば、嘘であったとしても先に入れた権威ある情報を信じ続け、仮に正確な情報を受け取る機会があってもその情報を拒絶し修正しない大衆の行動・思考パターンを示したプロパガンダの有効性を示す用語ですが。

まさに朝日新聞の慰安婦問題捏造報道など最たるものですね。

そうした朝日新聞の捏造・欺瞞の暴露が、メディア不審を生み、ネットによる検証と言う名の仲間内での思想の増幅が行われた結果が、今の朝日新聞が言う「民主主義の暴走」なんではと思います。
私は朝日新聞とは逆に、マスメディアによる捏造と大衆の権威への盲信で形造られた戦後民主主義と称される仮染めの民主主義を脱却し真の民主主義への胎動期だとおもっています。

B:
へぇw
マスメディアへの不信感とマスメディアの権威の喪失が民主主義の胎動ですか?
結局は平民が得る情報なぞマスメディアからの情報に依存せねばならない現実を無視した発言ですよ。
マスメディア不在のネットメディアなんて情報ソースが無いデマと憶測だけの世界になるだけだと思いますよ。

C:
どう転んでも、マスメディアが一次ソースの流通源のままなのは仕方がないと思いますよ?

ですが、そのソースを不信を前提に理解・解釈し、メディアを権威として見ずにニュースを見る事を言っているだけで、マスゴミを全否定しネットメディアに全賛同する事が真の民主主義だとは言ってませんよ?

盲信と権威の呪縛からの脱却、それだけで民主主義は本物に前進すると思います。


B:
では、不信感を持ち、不信感をフィルターとしてメディアの情報を選別するのは結構ですが、
どうやって・どういう基準でその選別をするのですか?

よく情報リテラシー云々を聞きますし情弱・情強という言葉も聞きますが、本当に情強と自称する人はその大量に得た情報から正解を導いているのですか?
実は情強を自称する人って、自分の好み・思い込みの情報のみ恣意的に集めて、自己の思想信条を正当化しているだけではないでしょうか?
自己の思想信条の正当化の為の情報分析や咀嚼…それも確かに「理論武装」の為のインテリジェンスですが、それは事実分析の為のインテリジェンスではありません。

マスゴミとマスメディアを揶揄する人の多数は、結局はメディアが報道を使った自陣営のイデオロギーを正当化する理論武装のインテリジェンスを批判否定しますが、
じゃあそれに反対するその彼らも同じように自己正当化の為の理論武装インテリジェンスを構築してマスメディアに対峙しているだけで、事実分析や正解探究のインテリジェンスではありませんよね?
つまり、メディアの偏向の垂れ流しを嫌った先にあるものは、ネットによる偏向の垂れ流しになるのは必然で事態は何も変わらず、むしろイデオロギー・党派の主観的価値観の理論武装と理論武装の対立にしかならないと思います。

というか、希望願望や主観的主張を正当化する理論武装をインテリジェンスとするのではなく、
合理的・客観的判断の為の情報分析を行う事をインテリジェンスとして出来る人なら、はじめから朝日新聞の寝言に興味すら持つはずもなくマスゴミなどと揶揄する事もないでしょう。
ですがそんな俯瞰できる人はごく少数のある種の天才でしょうね。

結局は民主主義の危機を嘆いている朝日新聞自体が、民主主義の危機を作り出した張本人である事実、だがそうしたインチキメディアに縋らないと民主主義が成立しないのも事実。
仮に朝日新聞を民衆の怒りに任せて潰しても、主張党派イデオロギーが違うだけで報道を正当化の理論武装にするメディアが取って変わるだけの話ですね。




『社会』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 大極論 41号 宅配便は? | トップ | 大極論 42号 試される民主... »

コメントを投稿

時事・思考実験」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。