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2016-12-13 16:46:58 | 日記
‎三木 誓雄‎ ― 三木院長ノート「上野総合市民病院」
2012年9月5日 ·
来月初旬から、英国縦断ツアーが始まります。グラスゴー大学病院のマクミラン先生に始まり、ハロゲート地域病院では看護部長のモナハンさんと会えることになりました。そして、バーミンガムでは、かつての私の師匠のマックマスター先生に会えることになりました。マックマスター先生は、ケンブリッジの出身でバーミンガム大学病院で肝移植のチームを結成し、10年でヨーロッパで一番の施設へ作り上げた先生で、私も1992年、1993年にそのチームの一員として指導していただきました。最初に入った移植の手術では、血管吻合をさせていただきましたが、私の稚拙な縫合に最後まで手を出さず、見守ってくださったことを今も感謝しています。そして、今も忘れられない症例があります。先天性の肝疾患で移植を受けた青年がいたのですが、移植直後から肝臓が機能せず、結局、1週間の間に5回移植手術を繰り返すことになりました。それでも5回目もうまく機能せず、移植コーディネーターからは、6回目の臓器提供は不可能である、と宣言されました。チームとしては何の術もなくただ彼が死に征くのを見守るだけでした。呼吸器が装着されているにも関わらず、意識がはっきりしていた青年の枕元でマックマスター先生は、青年の顔を撫でながら「残念だが、もう君のための肝臓を用意することは極めて難しくなった。もう戦いは終わりにしよう。君のような勇気ある青年に会えたことを誇りに思う」と話をされ、青年はその言葉に頷いていました。結局翌日青年は亡くなりました。マックマスター先生に帰国する前日に部屋に呼ばれて言われたことは「君の仕事は病に苦しんでいる人達に、病気と闘う勇気と希望を与えることだ」ということでした。ロンドンで開かれているパラリンピックに、オリンピックの時と、変わらない数の観客が訪れている映像を見る度に、このマックマスター先生の言葉を思い出します。
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Oyreu Erai

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