もみさんの一日一冊遊書録(2011年9月1日 スタート!:メメント・モリ)   ~たゆたえど沈まず~

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170729 【経済季評】マイノリティー差別解消へ 覚悟が均衡を破るとき 松井彰彦

2017年07月29日 14時41分29秒 | 時々刻々 考える資料
7月29日(土):     ちょっといいことを言う人を発見した感じ?  

昔、上坂昇「キング牧師とマルコムX」(講談社現代新書:1994)を読んだ時のことを思い出した。キング牧師とマルコムⅩは生まれ育った成育歴が全く違った。裕福な牧師の家庭に育って高い教育を受けたキングに比べて、マルコムXは、貧しく十分な教育も受けられず社会的承認もなかった。その分だけマルコムXの運動は攻撃的で激しい言葉で展開されることになった。しかし、彼の若い晩年、黒人のムスリムの指導者としてアメリカ社会である程度の評価を受けるようになった後、マルコムの思想はキングに接近していく。両者が理解を深め合うまさにその時、マルコムXは殺された。読んだ当時、俺はマルコムXに共感と同情を強く持ったのを覚えている。しかし、最後に「マルコムに比べれば、恵まれた状況にあったキングも殺されたんだよな…。結局二人は生死のぎりぎりの線を共に生きていたんだよな…。そこは変わらなかったんだよな。でも、やっぱり恵まれた教育を受けて自らの思想をある程度完成させられたキングに比べれば、自らの思想を未完成のまま殺されねばならなかったマルコムの方が哀しい気がするなあ」と感慨を持ったのを思い出した。

最近、日本で増えてきたヘイトスピーチの馬鹿どもの底の浅さ、レベルの低さ、そんな幼稚さのままで、まもなく訪れる大規模な移民による日本社会の多様化をどう乗り切れるつもりなのか!? 極めて疑問である。低レベルな歴史修正主義者の言動に目先を惑わされたままで、今後キリスト教(多様である)、イスラム教(多様である)、中国(多様である)、フィリピン、東南アジア(多様である)、他さまざまな多様性を背景に持つ大量の移民・難民を受け入れることができるのか?

我々の子孫の多くも、彼らと婚姻し子どもたちを儲けるのだ。日本列島には、今後急速に様々なバックグラウンドを持つ子孫たちがあふれていくのだ。必然的なその流れを前にして、いまだに「天皇制」維持のための近代制度化もできず、女性差別を「天皇制」に依拠しようとする愚かしさ加減を見ているとボー然とする思いをもつ。基本的人権の墓場である「戦争」を許容するのであれば話は別だが、そうでなければ、互いの多様性を認め合いながら、一つずつ地道に争いを抑えて「共に生きる社会」を模索し続ける、それこそ「不断の努力」を重ねていくしかないのに、今の日本の社会ときたら、大きな視野が閉じられているとしか言えない。

朝日デジタル(経済季評)マイノリティー差別解消へ 覚悟が均衡を破るとき 松井彰彦  2017年7月29日05時00分
  障害者差別解消法が施行されて1年強がたった。実社会において差別解消に向けた具体的な行動が課題となるなか起きたのが、6月の「バニラ・エア事件」だった。
  男性が車いすを使うことを事前に告げずに飛行機に搭乗しようとし、タラップをはいながら上るという衝撃的なニュースが報道された。男性の所作にはネット上などで、「世直しだ」「当たり屋に過ぎない」などの賛否両論が巻き起こった。
  社会は変わるのか。どうすれば変わるのか。社会的不利益を受けてきたマイノリティーにとっては、永遠の課題である。
     *
  今回の「事件」とその後の議論を見ながら、1992年に米国で封切られた映画「マルコムX」を思い出した。そのころ、私はニューヨークに住んでいて、近くにある映画館の前にできた黒人ばかりの長蛇の列を眺めながら、地下鉄の駅に向かった。テレビ番組では、白人のコメンテーターは、「マルコムX」が人種対立をあおるものだと批判した。
  マルコムXは、60年代に活躍した実在の黒人活動家だ。同時期に活躍した公民権運動の指導者のマーティン・ルーサー・キング牧師が非暴力および白人との融和を強調したのに対し、マルコムXは公然とこれを弱腰だと批判し、白人からの自立・分離を是とし、場合によっては武力の行使もあり得るとの立場をとった。
  当時、重要課題とされた選挙権をめぐる問題でも、両者は対立した。米国ではすでに黒人に対する選挙権は与えられていたが、行使するためには有権者登録を行わなくてはならない。60年代前半の米国の多くの南部の州では登録に際し、人頭税の支払いや市民理解度テストを課していた。多くの黒人はこの段階で不合格となり、有権者登録ができない状態に追いやられた。その結果、たとえば64年のミシシッピ州では、有権者のうち白人の70・2%が登録したが、黒人はわずか6・7%だった。
  あくまでも非暴力を強調し、「Give Us the Ballot(我々に投票する機会を)」という演説を行ったキング牧師に対し、マルコムXは「The Ballot or the Bullet(投票か、さもなくば弾丸だ)」という演説を行った。結果的には、65年8月に選挙権法が制定され、黒人の有権者登録を阻んでいた人頭税や様々なリテラシー・テストが違法とされるに至った。
  しかし、人々の偏見や差別行動がすぐになくなるわけではない。喜びもつかの間、ミシシッピ州で、66年1月10日におぞましい事件が起きた。白人至上主義団体の中でも最も過激な集団として悪名高いクー・クラックス・クラン(KKK)が、有権者登録を周囲に勧めていた一般市民のバーノン・ダーマー氏宅を襲撃した。同氏は翌日死亡。容疑者は捕まったものの、全員白人の陪審員の下で無罪か軽微な罰を科され、KKKのリーダー、サム・ボワーズはその網すらもすり抜けた。
  法的に権利が認められていても、差別的な行動によって、その権利が妨げられてしまう。それを恐れる黒人の多くは有権者登録を忌避する。有権者登録者が少なければ、KKKの差別的行動が少ないターゲットに向かうことになり、その威力が増す。有権者登録をする黒人の少ない状態が、経済学のゲーム理論でいう「均衡」となってしまう。
  この均衡から脱するためには、一気呵成(いっきかせい)に登録がなされることが必要だ。事実、黒人たちの有権者登録は一気に進み、72年にはミシシッピ州の黒人有権者の登録率は59%に達した(白人は69%強)。黒人有権者を排斥した均衡が崩れた。
     *
  ゲーム理論でいうバンドワゴン効果を用いて説明すれば、少ない登録者を襲って、他の有権者を震えあがらせていたKKKの力も、圧倒的な数の前にはなすすべもなくなったということになる。みんなが襲撃を恐れて登録をしない均衡から、みんなで登録すれば怖くない、という均衡に移ったのである。有権者登録が進めば、登録者から選ばれる陪審員も増える。98年、ついにボワーズは、ダーマー氏殺害の首謀者として、黒人陪審員が過半を占めた公判にかけられ、終身刑となり、生涯を塀の中で過ごした。
  均衡は変わる。そのためには命がけで活動するマルコムXやキング牧師のような人々の努力が必要不可欠である。ただ、マルコムXのような手法がよいのか、キング牧師のような手法がよいのか。あるいは第3の選択肢があるのか。それを解き明かす理論は、いまだに存在しない。
  同じ目的を持つ2人は暗殺される前にはかなり歩み寄っていたとも言われる。イスラム教徒に改宗していたマルコムXは、初めて訪れた聖地メッカで白人の信者と寝食を共にしたことがきっかけとなり、白人との融和を模索し始める。もし、2人が暗殺されなかったら、同じような答えにたどり着いていたかもしれない。その答えに思いをめぐらす。
  全く異なる発想を持つ複数の覚悟を決めた人間が、真剣に相手に向き合い、答えを探していく。そのプロセスこそが、社会のマイノリティーの差別解消の実現に不可欠なものだったのかもしれない、とも思う。
     ◇
 まつい・あきひこ 1962年生まれ。東京大学教授。研究テーマは障害と経済、ゲーム理論。著書に「慣習と規範の経済学」など。
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