もみさんの一日一冊遊書録(2011年9月1日 スタート!:メメント・モリ)   ~たゆたえど沈まず~

年とともに人生はクロノロジー(年代記)からパースペクティブ(遠近法)になり、最後は一枚のピクチュア(絵)になる

170618 映画「ロビンフッドの冒険」(アメリカ:1938)感想4

2017年06月18日 18時27分25秒 | 映画・映像
6月18日(日):      

 102分。 BS録画。 観るともなしに観始めた。ロビンフッドの物語りをよく知らなかった。第3回十字軍の英雄リチャード1世(獅子心王)が、遠征帰途でオーストリア公に囚われたといううわさが伝わる。留守中のイングランドで王弟ジョンの一味が王位簒奪を企て、サクソン人の人々に重税をかけて圧政をしく。

 リチャード1世への忠誠を誓い、帰還を待つサクソン人貴族ロビン卿は、サクソン人の民衆と協力して王弟ジョン一味の野望に公然と抵抗運動を組織する。個性的な仲間とヒロインのマリアン姫とのロマンスを絡めて見ごたえのある物語りに仕上がっていた。

 盧溝橋事件の翌年、日本で国家総動員法が可決した1938年にアメリカはカラー画面でこんな映画を製作していたのだ。いつもながらに恐れ入る。ウィキペディアで調べたが、ロビンフッドのモデルは何人もいるが、特定の人物ではなく、伝承の寄せ集めの中から出来上がった人物らしい。「弓の名手で、イギリスのノッティンガムのシャーウッドの森に住むアウトロー集団の首領で義賊」という設定(イメージ)は実は比較的新しいもので、19世紀あたりから描かれるようになったという。緑色の服をまとう人物として描かれる。

 最後は、リチャード1世の帰還によって悪党どもの悪だくみは失敗に終わり、王弟ジョンはイングランドを追放されてめでたしなのだが、実際には当時イングランド王はフランスに広大な領地をもっており、リチャード1世の在位中(1189~1199:日本は鎌倉時代初め)、イングランドに居たのはわずか半年くらいだったそうだ。

 ロビンフッドの敵役の王弟ジョンはのちにイングランド王(位1199~1216)となり、フランス王フィリップ2世と争い、フランスの領土の大半を失い(失地王)、ローマ教皇インノケンティウス3世から破門され、失政を重ねた上で貴族・聖職者からマグナ=カルタ(大憲章)を突き付けられて屈服することになる。

 ウィキペディアによれば「公開以来、本作は批評家から高い評価を得ており、1995年には「文化的、歴史的、芸術的に重要な映画」としてアメリカ国立フィルム登録簿に登録された」そうだ。確かに良い出来栄えの映画であった。

ロビン・フッド/マリアン姫/ガイ・オブ・ギスボーン/ジョン王子/ウィル・スカーレット/アーサー・ア・ブランド/タック修道士/リトル・ジョン/粉屋のせがれマッチ/ノッティンガム州長官/ベス/獅子心王リチャード/ヘアフォード司教/ディコン
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 6 077 中村哲「医者、用水路... | トップ | 170618 しんぶん赤旗:南ス... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL