もみさんの一日一冊遊書録(2011年9月1日 スタート!:メメント・モリ)   ~たゆたえど沈まず~

年とともに人生はクロノロジー(年代記)からパースペクティブ(遠近法)になり、最後は一枚のピクチュア(絵)になる

160918 高橋純子記者『政治断簡』:「追従笑い撲滅委員会」とアイヒマン曽我豪の対比は無残だ。

2016年09月18日 11時04分36秒 | 時々刻々 考える資料
9月18日(日): 

高橋純子記者の『政治断簡』を読んだので掲載する。本来のジャーナリズム魂が記されている。同じ紙面にアイヒマン曽我豪の「卑怯者のコラム」が載っている。この男は、もはや「(上から)教えてやる」という位置からでないと文章を書けないようだ。哀れな存在だ。同じ新聞記者とは思えない。下記の高橋純子記者コラムの「追従笑い撲滅委員会」を読んで、曽我豪は何を思うだろう。いや、何も思わないほど腐り果ててるのだろう。朝日新聞購読者の購買意欲をたった一人で大きく傷つけ喪失させている負の意味での大物記者なのだから。

朝日デジタル(政治断簡)天高く馬肥ゆる秋 政治部次長・高橋純子 2016年9月18日05時00分
  「聞け」と命令されると、自然と耳が遠くなる難儀な体質ゆえ、戦没学生の手記と知りつつ触れたことがなかった「きけ、わだつみのこえ」。先日、1950年に製作された映画のDVDを見た。
  大戦末期のビルマ。ある日、飢えに耐えかねた兵隊が謀議し、大隊長の馬を殺して食べてしまう。激怒する小太りな大隊長。河西とログイン前の続きいう一等兵が食ってかかる。「自分らを制裁してください。その代わり、あなた方の食っている物を全部見せてください」
  結果、射殺される河西は、東大の学生運動の指導者だった。反戦活動により投獄され、転向を誓わされた。馬肉事件の前、そんな過去を振り返り、後悔を吐露する。
  「こんなざまで捨てる命なら、なぜあの時、命を賭けなかったのかと思いますね。何もかも、あとの祭りだ」
  そうだよ!命がけで抵抗しないからダメなんだよ!と、凡たる私は思ってしまうが、哲学者の鶴見俊輔は、違う。
  (1)命を賭けて、うんとラジカルな演説をする。
  (2)命を賭けて、仲間に馬肉を食わせてやる。
  さて、どっちが重いか?
  鶴見の結論はこうだ。
  「馬肉食って死ぬのはそれは良いことです(笑)」
     *
  「昭和八年、九年、十年に、彼が命を賭けて東大の中で演説を打ってもっと動きまわったにしても、それはどれだけのことがあったろうか」 「むしろ人間として追いつめられた状態の中で、百人もの仲間に馬肉を食わせてやれたら、その方がいいじゃないか」(「流れに抗して」)
  もちろん鶴見は、無駄な抵抗はやめろと言っているのではない。大きな観念の旗を掲げても戦争はぶっつぶせない。大事なのは、なにかの仕方で常に国家や戦争に対峙(たいじ)する姿勢を準備すること。観念の旗の大きさより、その底にある態度が重要だ――。転向研究を手がけた哲学者ならではの識見と感じ入る。
  鶴見の著作を読み返したのは、先月解散した学生団体「SEALDs(シールズ)」に対する、安全保障法制の成立を止められなかったとか、参院選で勝てなかったという批判を聞き、違和を覚えたからだ。
  彼らの出発点が「私」だったことが、何より貴重だと私は思う。「私は戦争で人を殺したくも殺されたくもない」。主語が明確な言葉が国会前に響き、社会の深いところに変化の種がまかれた。彼らなりの仕方。それ以上を望むならアナタが動けばいいのだ。
     *
  実は私も、私なりの準備をしている。時々の場の権力者が冗談を言った時に湧き起こるお追従笑いに対し、脳内に「追従笑い撲滅委員会」を立ち上げ、笑い声が大きい時ほど表情を硬くするよう努めている。やってみるとわかる。たかがこんなことでも、大勢の中でゴロンと異物になるのは意外と精神に負荷がかかる。でも、自分の弱さを把握し、姿勢のゆがみを整えられる。常なる準備、確かな効果。
  随時会員募集中。食欲の秋、みんなでうまい馬肉を食べましょう。

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