もみさんの一日一冊遊書録(2011年9月1日 スタート!:メメント・モリ)   ~たゆたえど沈まず~

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160918 (考論 長谷部×杉田)+岩井克己 天皇と象徴を考える お気持ち表明を受けて

2016年09月18日 21時08分01秒 | 時々刻々 考える資料
9月18日(日):

朝日デジタル(考論 長谷部×杉田)+岩井克己 天皇と象徴を考える お気持ち表明を受けて  2016年9月18日05時00分
  天皇陛下が先月、生前退位の願いを強くにじませた「お気持ち」を表明した。長谷部恭男・早稲田大教授(憲法)と杉田敦・法政大教授(政治理論)の連続対談は今回、昭和天皇の時代から皇室を取材してきた岩井克己・朝日新聞皇室担当特別嘱託を交えて、天皇制の現在と今後の課題などについて論じてもらった。

 ■反省すべきは「政治の不作為」 杉田/生前退位、特措法の検討は邪道 岩井
  岩井克己・皇室担当特別嘱託 陛下は8月8日、生前退位の意向を強くにじませたお気持ちを表明されました。朝日新聞の9月の世論調査では、実に9割が生前退位に「賛成」しています。ただ、今回の表明が、「天皇は国政に関する権能を有しない」とする憲法4条に違反する恐れはないでしょうか。退位の意向が報道先行で表に出るまでの経緯も不透明ですし、天皇が望めば政府はその通りに動くのだという認識が広がるとすれば問題です。
  長谷部恭男・早稲田大教授 道路交通法などと違って、憲法違反か否かは、条文を直接の根拠にスッパリと線が引けるわけではありません。個別の事情を勘案しながら総合的に判断せざるを得ない。今回は天皇が「個人として」の考えを述べられた。明言はされませんでしたが、要は、今の制度には不備があると指摘されている。日本国憲法が想定する天皇の象徴としての地位を安定的に維持するためには、これまで行ってきたような規模と内容の公務を続けるしかない。しかし私は高齢で無理になってきている、このままでは天皇としての役割や地位を安定的に支えられないと。このことを提起できるのは、天皇自身しかないでしょう。メッセージの内容も、日本国憲法を出発点とする真っ当なもので、非難されるべき点があるとは思えません。
  杉田敦・法政大教授 とはいえ、生前退位の実現には新たな立法が必要になる。一定の政治的帰結をもたらすのは事実で、お気持ちと法整備の間には何らかの距離感が必要です。ただ、当事者たる天皇が指摘するまで政治が何も対応してこなかったとすれば、むしろそのことを反省すべきだと思います。象徴とは何か。天皇の役割とは何なのか。抽象的規定だけで、具体的に議論されてこなかった。これは強く言えば「政治の不作為」です。生身の人間が象徴としての機能を果たすという非常に難しい問題がそもそもある上に、高齢化や後継者不足など深刻な問題が生じている。これまではなんとなくあいまいにしてきましたが、国民的議論が必要です。
     *
  岩井 生前退位を実現するには、皇室典範改正と特別法の制定という二つの方法があります。政府は、いまの陛下に限って生前退位を可能とする特別措置法を検討しているようですが、私は邪道だと思います。憲法には、天皇の世襲は皇室典範に基づくと書いてあり、世襲のあり方は典範で周到に規定されている。それを、別の法律をつくれば典範の肝心なところも変えられるとなると危ないのではないか。特措法で対応するという議論は、その方が楽だからというにおいがして仕方がありません。それに、天皇の真摯(しんし)な問題提起を、あたかも一人の天皇の「わがまま」であるかのように扱って、しぶしぶ「抜け穴」をつくろうとしているといった印象を与えてしまわないでしょうか。
  長谷部 憲法2条を硬く読むと、譲位は天皇の進退に関わることなので皇室典範を直す必要があるということになる。しかし、皇室典範の定めるルールに従って継承の順位は自動的に決まる、そういう世襲制だと言っているだけかもしれない。だとすると、特別法で対応しても問題はない。生前退位しても、継承の順位が変化するわけではないからです。もちろん私も、典範改正が正攻法だとは思いますが、皇室典範に生前退位の制度を恒久的に設けることになると、要件の定め方が難しいのも事実です。定年制のような客観基準にするのか、本人の判断による主観基準にするのか。
  杉田 おそらく、典範改正に踏み込むと、女系天皇の是非など、議論が広がる可能性がある。それを避けたいという思惑が政府内にはあるのでしょう。さらに言えば、今の典範は戦後、新憲法をふまえて制定されたとはいえ、象徴天皇制と完全に整合的か、今回の事態を見ても、疑問がある。むしろ、明治憲法体制との連続性を考えたい、政権やその周辺の方々が、典範改正をためらっているようにも見えます。こうした状況で、小手先の対応で大丈夫かという気はします。

 ■国民に寄り添う姿、危険なのか 長谷部/象徴としての行為、タガが必要 岩井
  岩井 昭和の末期から皇室を取材していますが、消極的、儀礼的だった象徴天皇のイメージが、積極的、能動的なものにすっかり変わった。そもそも憲法は「天皇は国事行為のみを行う」としているのに、なぜ今回のようにお気持ちを表明したり、外国を訪問したりできるのか、疑問に思う人は多いと思います。憲法学界には、許されるのは国事行為と、宮中祭祀(さいし)やコンサート鑑賞などの私的行為のみで、それ以外の公的行為、つまり「象徴としての行為」は認められないという見解もありますね。
  長谷部 ただ、それは有力な見解ではありません。確かに憲法は国事行為だけを示していますが、同時に、生身の人間である天皇が象徴だとも言っています。平和の象徴たるハトは誰かと会ったり発言したりしないが、人間であれば、行動するし発言もする。そのこと自体が必ずなんらかの意味を伴う。そうした象徴としての行為を認めないのは、天皇が人間である以上、非現実的です。もちろん天皇が勝手にできるものではなく、必ず内閣が責任を持つ形でないといけません。
  岩井 1971年、昭和天皇が、天皇としては初めての外国訪問で欧州を回った時、エリザベス英女王が歴史に言及したのに対し、昭和天皇は全く言及しなかった。当時のマスコミの論調は、人間としてのお気持ちの表明があってもよかったのではないかと批判的でした。この訪問を裏で支えた外務省幹部は退職後、私の取材に、象徴天皇制になって、少しでも政治的に影響が出そうなことはおっしゃれない、天皇は政治的権能を失って変わったのだと相手国に理解を求めるというスタンスで臨んだと振り返っていました。ところが、現陛下は活発に外国を訪問され、先の大戦についてのご自身の気持ちを述べられるなどし、結果的とはいえ、政治的影響が現実に生じています。今のところはいいとしても、あまり枠組みを広げてしまうと将来危ういのではと心配です。田中角栄内閣時代に、米国訪問の打診があり、宮内庁は政治的思惑があるとみて頑として断りましたが、今後そのように利用しようとする動きが出てこないかと。
  杉田 とにかくインパクトのある存在ですから、たとえご自身の意思であっても政治的に利用される危険があるというのは、その通りだと思います。一方で、お気持ちを読むと、天皇は、憲法の「天皇の地位は、国民の総意に基づく」を、国民に支持されることと同じような意味に捉えられているようです。端的に言えば、人気があることを重視しているということですが、天皇のお立場からするとそれは仕方のないことかもしれません。象徴という概念は非常にあいまいです。国民的人気がないと危ないとご本人が不安になるのは当然でしょう。
  長谷部 明治憲法では、天皇の地位は、神の子孫であるという神話に支えられていましたが、現在の憲法は、天皇の地位は、国民の総意に基づくと言っている。日本国民一般の暮らしや気持ちに寄り添っていくことで国民の支持を得るしか自分の象徴としての地位を支える道はないというのが、天皇の認識でしょう。それがそんなに危険なことかと、私は思います。ハトが平和の象徴なのは、みんながそう思っているからに過ぎません。天皇が日本国の象徴であるのも、詰めていけばそういうことで、国民がそう思わなくなれば象徴でいられなくなる。誰よりも天皇自身がそのことを深く理解し、懸念しているのではないでしょうか。
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  岩井 お気持ちでは「日本国の象徴」という言葉はなく、「象徴」「国民統合の象徴」とだけ言っていたのがとても印象的でした。国の象徴という言い方をあえて避け、国民に寄り添う姿勢を強調されたのかもしれません。ただ、やはり危惧するのは、本来は政治がやるべきことを、天皇に肩代わりさせている構図になってはいないかということです。先の大戦の傷あとの残る国や激戦地を訪れる「慰霊の旅」は、ありがたいお務めをして頂いたと受け止められる半面、戦後日本政治・外交が置き去りにしてきた後始末を、陛下に甘えてやってもらっているとも言えるのではないか。
  杉田 そこは難しいところです。現天皇は日本国憲法下で即位した最初の天皇です。お気持ちでも、憲法、象徴、国民の総意という言葉を繰り返され、自分の地位は現憲法にもとづくということを強調されています。こうした観点からも、現天皇が憲法を非常に大切にされるのは自然です。日本国憲法は、先の大戦への反省も含めて成立したという歴史的な認識の上に、憲法前文と9条の平和主義に見合う形で、犠牲者の慰霊と平和への祈りを行われている。政治的と言えなくもありませんが、憲法の方向性と合致しています。
  岩井 象徴天皇制のありようが、天皇のキャラクターによって随分変わることをいま、陛下が身をもって証明しておられます。だからこそ、象徴としての行為にはしっかりタガをはめておく必要がある。ヨーロッパのキングは外国訪問の際、経済ミッションを連れて、国の役に立つことをアピールしている。日本の皇室にもそのようなことを望む政治家が増え、東京オリンピック誘致に際しては、さまざま配慮はしつつも、高円宮妃久子さまがスピーチに立たれました。政治の遠慮がなくなってきています。
  長谷部 天皇が象徴として尊崇の対象になるのは、実利をもたらしてくれないからこそです。実利ばかり追って生きる我々とは住む世界が違う、そう思わせるものがあるから尊敬されているのに、経済ミッションを引き連れたりして「道具」に使われた途端に権威は損なわれ、天皇は象徴でなくなる。そのことを理解しなくては。

■男系男子の世襲、持続性が低い 杉田/天皇制を国民は知らなすぎる 長谷部
  杉田 興味深いのは、天皇ご自身は地方を回って、直接国民と触れ合うことをとても大事に考え、国事行為を代行する摂政ではそのような活動はできない、だから生前退位を望んでおられるのだと私は理解しますが、保守をログイン前の続き自認し、天皇制を大事という人たちのなかでは、退位に反対し、摂政をおけばいいという意見が強い。彼らは、天皇は地方を回ったり外国を訪問したりする必要はないという考えなのでしょうか。
  岩井 存在してくれるだけでいい、宮中の御簾(みす)の奥で祈って下さればいいという考えだと思います。実は私もこれまで、天皇の「ご活躍」には、そこまでやる必要があるのかと疑問を抱いていたのですが、今回、お気持ちを聞いて得心しました。遠隔の地や島々を旅することで、国内のどこにおいても、その地域を愛し、共同体を地道に支える市井の人々がいることを認識した、そのことが自らを力づけ、祈りに内実を与える。そういう捉え方をしておられたんだなと。
  杉田 歴史をさかのぼれば、生前退位はかつて極めて普通に行われていました。
  長谷部 そうですね。明治期に皇室典範を制定する際、井上毅は生前退位を認めるべきだと主張しましたが、伊藤博文がダメだと。その理由もあやふやですが。
  杉田 新天皇の即位に合わせて元号を変える一世一元になったのも明治からです。天皇のありようは明治期に変化したわけですが、保守派とされる方々が、実は長い伝統によらず、明治から終戦までの一時的な天皇像に極度にこだわっているというねじれが生じています。
  岩井 確かに陛下はこれまで、帝国憲法時代の天皇をモデルにはできないということをかなりはっきりおっしゃっています。たとえば2009年、ご結婚満50年に際しての記者会見で、大日本帝国憲法下と日本国憲法下の天皇のあり方を比べれば、日本国憲法下の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇のあり方に沿うものと思う、と述べられている。近代以前の天皇の伝統も踏まえて、日本国憲法下の象徴としてどうあるべきか、時代もにらみ合わせてやっていくしかないというお考えなのでしょう。ただ、日本国憲法にはアメリカンデモクラシー的な精神も入っているからなかなか大変で、憲法改正を主張する保守派の一部が、現天皇に微妙な感情を抱くのはそのためかもしれません。
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  杉田 現在の天皇制は、男系男子のみの世襲で、側室制度も養子制度もない、制度的には極めて持続可能性が低いシステムです。女性・女系天皇にも、保守派とされる人ほど反対していますが、比較的若手の後継者が3人しかいない現状に危機感がないのか不思議です。男系維持と、皇位継承の安定化と、どちらが大事なのか。安倍内閣や男系維持派は解を示すべきです。
  岩井 皇室を尊崇する人ほど「万世一系」の皇統観は根強い。小泉内閣時代、有識者会議が女系天皇容認の答申を出した時に、皇太子の次の世代には男子が一人もいなかったにもかかわらず、国論真っ二つの状態になった。保守派の人たちは今も旧皇族の復籍を主張しています。陛下は沈黙を守っておられたが、おそらく、私たちの時代には無理だなと。後継ぎに悠仁さまが生まれた以上、後の世代の人々に託すしかないと思っておられるのではないでしょうか。「万世一系」に別れを告げるには、念入りに挽歌(ばんか)を歌い、誰もが「それしかない」と思う状況が熟さないと難しい。個人的にも、男女平等の観点だけの単純な女性・女系天皇容認論には違和感があります。平等・人権重視だけなら、天皇制はやめるべきだと主張せねば一貫しないでしょう。
  長谷部 天皇に関して、国民一般は知らなすぎると思います。皇室典範で、天皇や皇族は「養子をすることができない」とされていますが、かつてはよくあった話です。歴史や伝統が大事だというのはその通りで、であれば、天皇家をこれまでどうやってつないできたのかを国民がもっと知った上で、将来の天皇制はどうあるべきかを考える必要があるでしょう。 (構成・高橋純子)

◆キーワード
  <女性・女系天皇をめぐる政府の動き> 小泉政権時代の2005年11月、首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は、「女性天皇」や母方に天皇の血筋を引く「女系天皇」を認める報告書をまとめた。05年12月、内閣官房に皇室典範改正準備室が設置され、政権は06年の通常国会で改正法案の提出を目指したが、同年2月に秋篠宮妃紀子さまの懐妊が明らかになり、法案提出は見送られた。
  旧民主党の野田政権は12年10月、皇位継承のあり方をめぐる問題とは切り離して、皇族の女性が皇族以外と結婚しても、皇室に残れるようにする女性宮家の創設を軸にした論点整理を取りまとめた。だが、同年12月に自民党の安倍政権に代わり、その後、表だった動きはない。
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