月曜日だもんで、定期検診ってことで病院へ。
いや、さすが医者です。座って十五秒で私が禁酒禁煙をしてないことを見破りました。
で、レントゲン撮ったりなんだりして、足の状態が異常に悪いことが発覚しまして
強制入院ということにあいなりました。 事故した直後より悪くなってるとはどういうことか
と医者も苦慮しているみたいです。
とにもかくにも、家に帰してもらえないんで、嫁がもってきてくれた荷物を受け取り
目出度くご入院となったわけですが、どーもこの外科病棟の病室にいる同室者が気に食わない。
この病院の立地からでしょうか、所謂 「ビジネスマン」が多い。それも所謂「士」が付く
人が多いようです。 また外科病棟ということから、お互い良く喋るんです。
良く喋るといっても、彼らには共通の話題なんてない。あってもゴルフのスコアの話や
孫子の話、株の話に、つらかった仕事のことなど、まあ見事に自慢話のオンパレードなわけです。
自慢話の応酬ですから、結局 会話なんてなりたっていない。 会話はキャッチボールだ
といわれますが、彼らの行ってる行為は、「並んで壁投げ」してるようなもんです。
見事に話がかみ合ってない。
会話が成立していないものの、彼らは実生活では、「先生」などと呼ばれることもある
それなりの立派な方々なわけです。決して無教育でも無教養でもない。会話が成立しない
のが不思議なほど、人生経験も積んでいるはずです。
しかし、実際の所、まったくもって会話は成立してないわけです。。。。
で、いろいろ考えてみた。
とどの詰まり、彼らは「共通言語」を持ってないわけです。 共通言語を持ち合わせていない
ために、会話が成立しない。彼らの頭の中にあるのは、彼らの職能言語であったり
業界言語でしかないわけです。彼らは日常、その言語を共通言語とする人々の間で
会話をし意思疎通を図り利益をあげるなり自己満足に浸るなりなんなりしてるわけです。
異なった言語体系の人間と話す必要を感じることなく、日々生活しているわけです。
話がかみ合うはずがない。
昔はこういう 異なった言語体系に属する人々を繋ぐ「共通言語」がきっちりあったわけです。
それが、「教養」と呼ばれるものであったわけです。
こんなことを思いながら、喫煙室へ行ったら医者に出くわしてしまった。
考えにふけってる私を不信に思ったんでしょう。タバコをとがめる前に 「なにを考えてる?」
と来た。 で、上記のことをちょろっといったら。
「この国には、リベラルアーツが必要だ。」 と一言。
なるほど!! と思わずひざをたたいて、激痛に悶絶した次第
いや、さすが医者です。座って十五秒で私が禁酒禁煙をしてないことを見破りました。
で、レントゲン撮ったりなんだりして、足の状態が異常に悪いことが発覚しまして
強制入院ということにあいなりました。 事故した直後より悪くなってるとはどういうことか
と医者も苦慮しているみたいです。
とにもかくにも、家に帰してもらえないんで、嫁がもってきてくれた荷物を受け取り
目出度くご入院となったわけですが、どーもこの外科病棟の病室にいる同室者が気に食わない。
この病院の立地からでしょうか、所謂 「ビジネスマン」が多い。それも所謂「士」が付く
人が多いようです。 また外科病棟ということから、お互い良く喋るんです。
良く喋るといっても、彼らには共通の話題なんてない。あってもゴルフのスコアの話や
孫子の話、株の話に、つらかった仕事のことなど、まあ見事に自慢話のオンパレードなわけです。
自慢話の応酬ですから、結局 会話なんてなりたっていない。 会話はキャッチボールだ
といわれますが、彼らの行ってる行為は、「並んで壁投げ」してるようなもんです。
見事に話がかみ合ってない。
会話が成立していないものの、彼らは実生活では、「先生」などと呼ばれることもある
それなりの立派な方々なわけです。決して無教育でも無教養でもない。会話が成立しない
のが不思議なほど、人生経験も積んでいるはずです。
しかし、実際の所、まったくもって会話は成立してないわけです。。。。
で、いろいろ考えてみた。
とどの詰まり、彼らは「共通言語」を持ってないわけです。 共通言語を持ち合わせていない
ために、会話が成立しない。彼らの頭の中にあるのは、彼らの職能言語であったり
業界言語でしかないわけです。彼らは日常、その言語を共通言語とする人々の間で
会話をし意思疎通を図り利益をあげるなり自己満足に浸るなりなんなりしてるわけです。
異なった言語体系の人間と話す必要を感じることなく、日々生活しているわけです。
話がかみ合うはずがない。
昔はこういう 異なった言語体系に属する人々を繋ぐ「共通言語」がきっちりあったわけです。
それが、「教養」と呼ばれるものであったわけです。
こんなことを思いながら、喫煙室へ行ったら医者に出くわしてしまった。
考えにふけってる私を不信に思ったんでしょう。タバコをとがめる前に 「なにを考えてる?」
と来た。 で、上記のことをちょろっといったら。
「この国には、リベラルアーツが必要だ。」 と一言。
なるほど!! と思わずひざをたたいて、激痛に悶絶した次第










入院したがため、暫く更新作業できません。
復帰は来週末目処です。
さて
教養とリベラルアーツの違いです。これは全く私の独断の分類です
後者が学問として体系的に修得するものに対し、前者は個個人がたしなみとして、勝手に身に付けて行くぞものだと 勝手に規定してます
ギブスを忘れて膝を叩いたわけです
そこらを詳説したいんですが いかんせん 手元には携帯しかない
携帯からエントリー投稿できんもんかな
こういうところを卒業してから、より有名な総合大学の大学院に進学するというようなコースがひとつのルートとして定着しています。アメリカのロースクールやメディカルスクールは学部卒業後に入るところなので、学部レベルでは様々な専攻を選んだ学生がやってきます。教養学部を卒業して入る人たちもいるわけです。もちろんMBAのコースもそうですね。
日本にも、こういう形態を目指して作られた教養学部のみの単科大学が無いわけではないのですが・・・