扇子と手拭い

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

振り分けの行燈と対面1

2016-10-29 00:15:32 | 落語

▼広重の浮世絵に感激
 天童と言っても「よしみ」ではない。将棋で知られる山形県の天童である。初めて訪ねたが、落ち着いたいい町だ。その土地を知るには歩くこと。というわけで、歩いた、歩いた。友人の万歩計は、たった1日で、なんと1万4000歩を記録した。ふだんは、こんなに歩かないので少し疲れたが、気持ちのいい疲れだった。

 宿舎のホテルから目と鼻の場所に「広重美術館」があるので、そこからスタート。広重と言えば「東海道五十三次」がまず、頭に浮かぶ。弥次さん、喜多さんの珍道中でお馴染みの「東海道の旅」を描いたものだ。  
 ワクワクしながら館内に入った。ガラスケースの中に、初代歌川広重の「東海道五十三次之内」(通称:行書東海道)の浮世絵が番号順に飾ってある。もちろん、すべて本物だ。

▼あなご料理に奈良茶飯
 1番は日本橋。♪お江戸日本橋七つ橋♪♪の歌とともに、旅の始まり。2番が品川「鮫洲朝之景」。当時、この辺りの名物は、あなご料理に芝エビ、奈良茶飯だったとか。
 3番は川崎「六郷の渡し舟」。梅干し、米饅頭が名物だったそうだ。こんな按配で、53番目が大津の手前の草津だ。

 あれ、五十三次というから京都ではないのか、と思ったが、広重の浮世絵は続きがあり、54番が大津で、55番が京「三条大橋之図」となっていた。この2つは中山道なのだ。
 37番目に赤坂とあったので?と思い、よく見ると説明書きに「現在の豊川市」とあった。なるほど愛知県だったのか、と納得。

▼「おい、時そばだよ」と友人
 それぞれの宿場を遠近法などを巧みに駆使して描いている。見比べると当時の旅の様子がよく分かる。初代広重は生涯で20種類以上もの東海道シリーズを手がけたそうだ。この美術館には2代、3代広重の作品も多数展示してある。

 「おい、時そばだよ。時そば」と友人が声をかけた。見ると、2階の階段わきに原寸大の「振り分けの行燈」が展示されていた。落語の「いま、何どき(刻)だい」という「時そば」に登場する二八そばは、これを担いで人の集まりそうな場所に行き、商いをした。
 念の入ったことで、「親ばかチャンリン、そば屋の風鈴」の風鈴まで、ちゃんとつけてあった。いや、実に楽しい。 (続)
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 落語家殺すにゃ刃物は要らぬ | トップ | 振り分けの行燈と対面2  »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。