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リタイアーのよもやま話

礼儀

2016-10-14 23:09:53 | 読書

モーム語録にあった言葉である。

礼儀正しさは愚者が自分の愚鈍を隠す
外套である。

とても、辛辣な言葉である。

礼儀については、次のような言葉もあ
った。

礼儀だけでも、世の中は渡っていける。

最初にこの言葉を知った。その後、モ
ームの「礼儀」を知った時、その辛辣
さに、たじろいでしまった。

彼が言ったようなことは、確かに現実
にあり得ると思うので、否定はしない。

しかし、普通は、そのような人がいて
も、露骨な言い方をする人は、あまり
いないと思うのだが。

モームの言葉尻をとらえると、才能が
あれば、教養のかけらもなく傍若無人
でも赦せるのかと、反論は出てくると
思うが、そこら辺は、どうだろう。

と思ったが、意外とそうでないことを
見つけてしまった。

一人ほくそ笑んでしまった。

別の箇所で、彼はこう語っている。

大概の人間は何と醜いのだろう!
せめて埋め合わせに愛想よくしたら
いいものを、誰もそうしないのは
残念だ。

である。



どんなに野心があっても、意欲があっ
ても、才能を持たない人間が、世渡り
するに、逃げ道があっても赦される
のではという意味で、

礼儀だけでも、世の中は渡っていける。

と諭された方が救われるのではなかろ
うか。

礼儀正しさは愚者が自分の愚鈍を隠す
外套である。

と言われては、身の置き所のなくなる
人もけっこういるのではと思うのだが
どうだろう。もちろん、わたしのこと
も入っているのだが。

ただ、この言葉、モームが言うから
市民権を得るのだと思う。

モーム語録を読んで、こんなに複雑で
屈折した人間がようも世に名を知らし
めるようになれたのだと、不思議で
ならない。

そう意味では、何冊か持っているが、
ラ・ロシュフコー箴言集を思いだす。

モーム語録にしてもラ・ロシュフコー
箴言集にしても、あくが強すぎて、
読むのに、体力を要する。

年をとったせいである。

今は、そのような気持ちで、生きな
くてもいいのではと思う方である。

モームは、語っている。

人間は、揺り籠から死の床に至る
まで、けちで、卑しく、間抜けで、
無知で、様々な迷信の奴隷に
なり、心狭く、身勝手で、残忍だ。

このようなことを語ったモーム、
これらの人々を相手にして、彼は、
小説家として身を立てのだが、
そこら辺を彼は、考えたことは
なかったろうか?

「類は友を呼ぶ」って言葉があっ
たが、彼は自らの不幸を回避
することを考えたことはなかった
ろうか?

わたしも、少しばかり、彼に
辛辣な言葉を投げかけたく
なった。


どうせなら、このような音楽で、
美しい時間を満喫した方が
日々を楽しく過ごせるのでは。

モームの語録を読むと、このよ
うな考えは思いつかなかった
やに思われるが、どうだろう。

地位も名誉も得たはずだが、
ちと不幸な性格だ。

 

 

 

 

 

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