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リタイアーのよもやま話

生きた証

2015-11-03 21:50:53 | 読書

子供がいなくとも、生き
た証は後世に残せる


 死刑囚の最期に立ち会う教誨師
によれば、死刑執行の当日になっ
てじたばたするのは、子供のない
人だという。後に心を残して死な
ねばならぬ子持ちこそ、本当は死
にたくないといって騒がねばなら
ないのだろうが、それが逆になる
のは、子供のない人は自分が死ね
ば後に何もなくなる、と思うから
なのである。

 子供を産めばいいというもので
はない。子供がなくても人間とし
て与えて生きた人は、すでに彼が
生きてきた証を、後世に伝えたと
いう自覚を持てる。最後の日にそ
の人はなすべきことをした安らぎ
のうちに死ねるのである。                                

以上。

この話は、実によく分かる。しか
し、である。

問題は、死刑囚の子供という辛い
思いをさせてまで、死刑囚は、子
供を持つということなのだろうか。

この辺のところを知りたいものだ。

死刑囚になったくらいだ。たいが
いそのような人が、まともに、子
供を育てられるかどうか。この辺
を当人は考えたのだろうか。

わたしも、子供がいなかったこと
を、すごく、残念に思っている。

往来を小学生などが、嬉々として
走っていると、複雑な気分になっ
てしまう。

しかしである。どう振り返ってみ
ても、自分が精神的に子供を育て
るほど、健全な人間であったかと
いうと、何度振り返ってみても、
否となるから、やっかいだ。

いつも堂々巡りだが、今の現実を
受け入れるしかない。

人が死んだあとに残るものは、集
めたものではなく、与えたもので
ある。

という、諺もあるのだが、

現実の社会は、

『だれでも持っている者は、さらに
与えられ、持たない者からは、持
っている物までも取り上げられる
のです。』

ということで、集めるのに必死だ。

だから、

子供がなくても人間として与えて
生きた人は、すでに彼が生きてき
た証を、後世に伝えたという自覚
を持てる。最後の日にその人はな
すべきことをした安らぎのうちに
死ねるのである。

というのがなかなか容易ではない。

最近、公民館建て替えの寄付金
集めをしている。

退職して、だいぶ経ったというの
に、未だに、集める癖が抜けきら
ず、いよいよ人間が貧しくなって、
悪相に満ち満ちている人を見て、
愕然としている。「亀の甲より年の
功」という諺は、死語となったよう
だ。

安らぎをもって、自分の人生を終
えるのは、なかなか容易ではなさ
そうだ。


選択する力

2015-11-03 21:07:50 | 読書

選択する力がない人は危険である

 人でもものでも、自分に選択の
力がないとおもしろい生涯は送れ
ない。

 考えてみると、人生で「好み」
を持つということは実に大切だ。
他人の評判を気にしている人は、
自分の好みではなく、あてがいぶ
ちの人生を生きることになる。

したいことがない人ほど、つまら
なく、危険な存在はない。彼らは
たやすく他人に動かされて、モブ
(暴徒)になる素質を持っている
からだ。

以上。

考えてみると、人生で「好み」
を持つということは実に大切だ。
他人の評判を気にしている人は、
自分の好みではなく、あてがいぶ
ちの人生を生きることになる。

選択する力がないことをここま
で、言い切った文章に初めてで
あった。

自分の好みではなく、あてがい
ぶちの人生を生きる。なんとも
恐ろしいことだ。


死ぬ直前に誰もが後悔する「5つのこと」

2015-11-03 20:14:41 | 日記

ネットにあった記事である。

看護師が語った、死ぬ直前に
誰もが後悔する「5つのこと」

末期患者と接するなかで、彼が口
にする後悔の言葉をまとめた『The
 Top Five Regrets of The Dying』。
ある看護師が書いたこの本に掲載
されたリストが、webメディア「Co
llective Evolution
」で紹介されて
いました。

人が死を前にして本気で後悔する
こととは? そこには、生きる上
でのヒントが隠されています。

01.

期待に応えるよりも、

“自分らしく”生きればよかった

これは、最もよく聞く後悔の言葉。
人は、人生が終わりに近づいてい
ることを悟った時、もっと自分ら
しく生きていたかったと考えるよ
うです。叶わずに過ぎ去っていっ
た幾つもの夢があれど、ほとんど
の人は、そのうちの半分にも全力
を尽くせずに時間を費やしてしま
う。そして、それが自分の決断次
第だったということに気づくよう
です。

健康は人を盲目にします。それが
もう長く続かないとわかるその時
まで、自由を見えづらくしてしま
うのです。

02.

あんなにがむしゃらに

働かなくてもよかった

これは、男性のほとんどが語って
いたこと。彼らの多くは、自分の
子どもたちの幼い頃や、パートナ
ーとの関係を懐かしみます。もち
ろん女性も同じようなことを語り
ますが、その多くは男性でした。
昔は、男性が家計を支えるのが当
たり前だった時代だったせいもあ
るでしょう。

とくに高齢の男性たちは、馬車馬
のように働き続けて人生の時間を
無駄にしたことに深く後悔してい
ました。

03.

言いたいことを我慢せず

はっきりと口に出せばよかった

多くの人が周囲との人間関係を円
満に保つために、言いたいことを
我慢しています。その結果、どう
でもいいような関係を続け、本音
のやりとりがないまま時間が刻々
と過ぎていく…。

いろんな思いに腹を立てて、溜め
込んで、泣いて、怒って、その結
果として病気になってしまう人が
どんなに多かったことか。

04.

もっと友達と

連絡をとればよかった

付き合いの長い友達の大切さに、
死ぬ直前まで気づかない人はたく
さんいます。関係を続けることよ
りも、自分の生活で手一杯になっ
て、年々大切な友達と疎遠になっ
てしまうこともあるでしょう。

なぜもっと友達関係に時間と努力
を費やさなかったのか、みんな死
の間際になってはじめて後悔する
のです。

05.

もっと自分の幸せを

追求すればよかった

これも驚くほどよく聞く意見。死
ぬ寸前まで、幸福が選択肢である
ことに気づけないのです。古いパ
ターンや習慣にとらわれて、慣れ
親しんだ快適さや身体的な条件の
前に情熱を忘れてしまう。あるい
は、変化に臆病になって、他人の
真似やいつも通りの自分のままで
生きてしまう。そして、いつの間
にか、自然に笑って生きることが
できなくなっている…。

笑ってしまうような無邪気な人生
を取り戻したいと、最期になって
心から後悔するのです。

以上。

 

森村誠一氏の「老いる覚悟」にあ
った文章である。

○人生の風雪を耐え忍び、やっと
余生がやってくる

老後が存在し、余生を過ごすため
には条件がある。

それは、社会構造の中に組み込ま
れて人生をおくってきたか、そう
でないかだろう。

自分からその日暮らしの職業を選
んだ人や、あるいは自分の意志で
定職につかなかった人、自由と引
き換えに社会構造の中に組み込ま
れることを拒んだ人などの場合は、
余生はない。

こういう人たちは、年金を払わず、
健康保険も未加入、貯蓄もない人
が多いので、病気になっても簡単
に医者に診てもらえない。

終の棲家もないわけである。住所
不定の場合もある。

この人たちは、余生の心配をする
よりも日々の糧を得ることを考え
ざるを得ない。

以上。

 その中で、この言葉が、印象的で
あった。

老後が存在し、余生を過ごすため
には条件がある。

それは、社会構造の中に組み込ま
れて人生をおくってきたか、そう
でないかだろう。

これである。

この文章を読んで、やはり、ただ
は、年金は貰えないのだと。
しみじみと噛みしめるものがあっ
た。

自分が仕事人間だったことを、自己
弁護し、慰めていることもあるのだ
が。

死ぬ直前に
誰もが後悔する「5つのこと」

というタイトルだが、「誰もが」
というのが、「ミソ」である。

この言葉をつぶやく末期患者に、
「誰もが」と言ってあげる人が
いれば、その後悔を軽減できる
のではなかろうか。とも思うの
だが、どうだろう。

死ぬ直前に
誰もが後悔する「5つのこと」

だが、今の時代、誰もがドロップ
アウトしないように、必死に生き
ている。

戦前のように、分に応じた生き方
というのは、無くなった。

今や、国民全て、横並びになって
競わなければならない。

誰もが、才能や運に恵まれている
わけではないので、大方の人間は
背伸びして生きていかねばならぬ。

しかし、100名いれば、何でも
1番から100番まで、順番がある
のだ。

『だれでも持っている者は、さらに
与えられ、持たない者からは、持
っている物までも取り上げられる
のです。』(ルカ19:26)

というのがあるが、それは、金だけ
ではない。

労働力だって、能力だって、結局
は同じだ。

天才は、天才を見逃さない。


だから、誰もがドロップアウトし
ないように必死だ。

結局、私が人生に抱いていた
のは幻想で本当は分かってい
なかった、人生のことなんて

と、Joni Mitchelが歌ったよ
うに、己の人生を振り返ること
になるのかもしれない。

しかし、

死ぬ直前に
誰もが後悔する「5つのこと」

だと、いうことで、少しは自分
自身を慰めることも必要かもし
れぬ。


Joni Mitchel - Both sides now

2015-11-03 19:50:04 | 音楽

Joni Mitchel - Both sides now

 久しぶりに、聴いている。

この曲は、退職して、数年前に
とあるカフェで、"Both Sides Now"
 Bei Xu 4thを聴いたことで、聴く
ことになった。

その時、まだ、この演奏の魅力を
理解していなかった気がする。

この前、「海を見た午後」を回想的
な演奏と書いたこともあって、この
曲が極めて回想的な雰囲気に感じ
られたのかもしれない。

ところで、この曲の訳詞である。

Rows and flows of angel hair
風に漉かれる天使の髪
And ice cream castles in the air
空に浮かぶアイスクリームのお城
And feather canyons everywhere
どこまでも羽毛で覆われた峡谷
I've looked at clouds that way
私はそんな風に雲を見ていた

But now they only block
the sun
だけど気付いたの、彼等は
太陽を遮り
They rain and snow on
everyone
雨と雪を人々の上に降らせる
だけなのよ
So many things I would
have done
そう、いろいろ考えていた
けど、実際は違った
But clouds got in my way
でも私の中の雲って、そんな
感じだったの

I've looked at clouds from
 both sides now
私は雲をいろんな角度から
見てみたの
From up and down and still
 somehow
上からも下からも、気が済
むまでね
It's cloud's illusions
I recall
結局、私が雲に抱いていた
のは幻想で
I really don't know clouds
 at all
本当は何も知らなかった、雲
のことなんて

Moons and Junes and ferris
 wheels
お月様と6月と観覧車
The dizzy dancing way that
 you feel
くるくる回っているうちに
As every fairy tale comes
 real
御伽噺が現実になると思って
いた
I've looked at love that
 way.
私はそんな風に愛を見てい
たの

But now it's just another
 show
だけどそれはお芝居のひとつ
に過ぎず
You leave 'em laughing when
 you go
舞台を去るときには笑いものに
される
And if you care, don't let
them know
けれど放って置けばいいの、
もし気になってもね
Don't give yourself away
自分らしさを手放したら駄目よ

I've looked at love from
both sides now
私は愛をいろんな角度から見
てみたの
From give and take and still
 somehow
与えることと受け入れることを、
気が済むまでね
It's love's illusions I
recall
結局、私が愛に抱いていたのは
幻想で
I really don't know love
at all
本当は分かっていなかった、愛の
ことなんて

Tears and fears and feeling
proud
涙と恐れと誇りを感じながら
To say "I love you" right out
 loud
「愛しています」と囁けば成就
して
Dreams and schemes and circus
 crowds
夢と計画と賞賛してくれる人々で
満たされる
I've looked at life that way
私はそんな風に人生を見ていた

Oh but now old friends they're
 acting strange
でも最近、昔からの友達の態度が
よそよそしくなり
They shake their heads, they
 say I've changed
彼らは頭を振って言ったの、私が
変わったと
Well something's lost, but some
thing's gained
そうね、何かを失った、でも得る
ものもあったわ
In living every day
日々の生活の中で

I've looked at life from
both sides now
私は人生をいろんな角度から
見てみたの
From win and lose and still
somehow
勝った側からも負けた側からも、
気が済むまでね
It's life's illusions I
recall
結局、私が人生に抱いていた
のは幻想で
I really don't know life
at all
本当は分かっていなかった、
人生のことなんて

I've looked at life from
both sides now
私は人生をいろんな角度から
見てみたの
From up and down, and still
somehow
上からも下からも、気が済む
までね
It's life's illusions I
recall
結局、私が人生に抱いていた
のは幻想で
I really don't know life
 at all
本当は分かっていなかった、
人生のことなんて

以上。

結局は、この歌は、

結局、私が人生に抱いていた
のは幻想で
I really don't know life
 at all
本当は分かっていなかった、
人生のことなんて

ということを歌っているのだが、

 この曲を作ったのは、彼女が26歳
である。

残念ながら、わたしは、このよう
なことを26歳に考える能力は無
かった。

わたしは、やっと、この歳になっ
て、20代中盤でやったことを、

結局、私が人生に抱いていた
のは幻想で
I really don't know life
 at all
本当は分かっていなかった、
人生のことなんて

と、若き日の愚かさに、恥じ
入っている。

今、わたしは、

Joni Mitchel - Both sides now

のスローバラード調の回想的な歌
いっ振りに、自分の愚かな若き日
を、思い起こしている今の自分に
語りかけてやまないものを感じて
いる。

これからも

いろんなことで、

本当は分かっていなかった、
人生のことなんて

とつぶやいて生きていくのかも
しれない。

"Both Sides Now" Bei Xu 4th

こちらが、最初に聴いた曲である。
どういうわけか、Bei Xuが歌うと
失恋の曲に聴こえてくるのだが、
どうしたことだろう。