昔、普通に思っていた事。
恋愛結婚をして子供が数人産まれ、マイホームを買って、好きなスポーツカーとかに乗って
ペットと一緒に生活したりして、週末は家族でおでかけする、という事。
案外、生きてきてみると、幼い頃に思い描いてた「普通」って事が難しい事に気付かされる。
では、現代社会の普通といえばどんなんなんだろう?
晩婚化、少子化、車や趣味志向品は全て贅沢品であり、ペットまで使い捨ての時代。
人生レベルで、特に何もなければ実家で生活した方が良いとか。
世の中は大きく変わってしまったのも背景にはあるだろうし
考え方や文化の違いだってあるもんだから、一概には何とも言えない。
自分の場合は、高校卒業と同時に実家を出ていく事を宣告されていた事もあって
自立したのは早かった。
高校卒業後、すぐに大阪で6年間生活をして
後に東京に引っ越してきて、何度か引っ越しした。
引っ越しは、楽しいから好き。
間取りとか、環境とか、自分のライフスタイルが全部変わるのも刺激的だから。
だけど、現実問題、金が必要になる。
敷金、礼金、仲介手数料、引っ越し費用
しまいには自分の年収からはじき出される家賃の部屋しか貸してすらもらえない現実とか。
親に保証人になってもらうのが嫌で、28歳の時に今の会社の正社員になった。
働いている内容は、バイトだろうが正社員だろうが、同じだったから。
動機は、親に迷惑をかけたくない、ただそれだけ。
バンドのメンバーは反対していたのかもしれない。
バンドも大事、だけど人生も大事。
葛藤はあれど、自分の人生は1度しか無い。
同じように両親の命だって、無限では無いのだから。
運が良いのか悪いのか、正社員になって、すぐに引っ越しをする事になった。
いろいろ物件を探してまわり、とても素敵な部屋に出会って申し込みをしたが
年収を理由に断られた。
自分の中で、正社員とは何なのか?を苦悩する経験だった。
青かった自分は、しばらく苦悩を続けた。
今だから言えるのだろう、青かった、と。
結果、親に保証人になってもらい、別の物件を借り引っ越した。
情けなさすぎる。
人によれば、それは普通の事だと言うだろう。
だけどだけど、どうしても悔しい気持ちでいっぱいだったのも覚えてるし忘れてはいけない。
時代がそうさせたから?
いや、自分がこう生きてきた結果がこうだから、そうなってしまうだけなのだ。
「親に心配かけさせるのも親孝行」
俺は、この言葉を今でも時々言う事がある。
だけど、その真意はどこにあるのかという所までは深く話さない。
約15年ちょい続いた賃貸生活だったけれど、本当に最高だった物件は1、2カ所ぐらいだったのかな?
大半の物件は、今思えば問題だらけだったように思える。
東京に出てきて2件目の物件は、杉並区の井の頭線沿線で駅近だったんだけど
床が腐って湿気で布団まで腐るし、大家が早朝から自転車に名前書いてくれって、うるさいし。。。
部屋は20平米未満で布団すら広げる場所が無いのに、家賃は78000円だったとか(笑)
良い思い出です。
親の世代と今では時代が違う?
平均年収は毎年下がっている?
でもそんな事を言ったって、非力な俺には何も出来ない。
ならば、遅くなってでも努力をするかしないか。
現実は非常に簡素的な一面も兼ね揃えていると思う。
ようやく昔の自分が思い描いてた「普通」を手に入れた今
次に望む展望は、家族の健康と子供の成長。
そして、将来的には孫の顔が見たいという事。
それ以外の事は、ゴマ粒みたいな大きな程度なんだと思う。
これが大きな贅沢なのか、それとも普通の夢なのか
それはわからない。
不安になるから、現実を頑張っていけるんだとも思う。
もっと若くして、凄い幸せを与えてくれた両親に感謝です。
恋愛結婚をして子供が数人産まれ、マイホームを買って、好きなスポーツカーとかに乗って
ペットと一緒に生活したりして、週末は家族でおでかけする、という事。
案外、生きてきてみると、幼い頃に思い描いてた「普通」って事が難しい事に気付かされる。
では、現代社会の普通といえばどんなんなんだろう?
晩婚化、少子化、車や趣味志向品は全て贅沢品であり、ペットまで使い捨ての時代。
人生レベルで、特に何もなければ実家で生活した方が良いとか。
世の中は大きく変わってしまったのも背景にはあるだろうし
考え方や文化の違いだってあるもんだから、一概には何とも言えない。
自分の場合は、高校卒業と同時に実家を出ていく事を宣告されていた事もあって
自立したのは早かった。
高校卒業後、すぐに大阪で6年間生活をして
後に東京に引っ越してきて、何度か引っ越しした。
引っ越しは、楽しいから好き。
間取りとか、環境とか、自分のライフスタイルが全部変わるのも刺激的だから。
だけど、現実問題、金が必要になる。
敷金、礼金、仲介手数料、引っ越し費用
しまいには自分の年収からはじき出される家賃の部屋しか貸してすらもらえない現実とか。
親に保証人になってもらうのが嫌で、28歳の時に今の会社の正社員になった。
働いている内容は、バイトだろうが正社員だろうが、同じだったから。
動機は、親に迷惑をかけたくない、ただそれだけ。
バンドのメンバーは反対していたのかもしれない。
バンドも大事、だけど人生も大事。
葛藤はあれど、自分の人生は1度しか無い。
同じように両親の命だって、無限では無いのだから。
運が良いのか悪いのか、正社員になって、すぐに引っ越しをする事になった。
いろいろ物件を探してまわり、とても素敵な部屋に出会って申し込みをしたが
年収を理由に断られた。
自分の中で、正社員とは何なのか?を苦悩する経験だった。
青かった自分は、しばらく苦悩を続けた。
今だから言えるのだろう、青かった、と。
結果、親に保証人になってもらい、別の物件を借り引っ越した。
情けなさすぎる。
人によれば、それは普通の事だと言うだろう。
だけどだけど、どうしても悔しい気持ちでいっぱいだったのも覚えてるし忘れてはいけない。
時代がそうさせたから?
いや、自分がこう生きてきた結果がこうだから、そうなってしまうだけなのだ。
「親に心配かけさせるのも親孝行」
俺は、この言葉を今でも時々言う事がある。
だけど、その真意はどこにあるのかという所までは深く話さない。
約15年ちょい続いた賃貸生活だったけれど、本当に最高だった物件は1、2カ所ぐらいだったのかな?
大半の物件は、今思えば問題だらけだったように思える。
東京に出てきて2件目の物件は、杉並区の井の頭線沿線で駅近だったんだけど
床が腐って湿気で布団まで腐るし、大家が早朝から自転車に名前書いてくれって、うるさいし。。。
部屋は20平米未満で布団すら広げる場所が無いのに、家賃は78000円だったとか(笑)
良い思い出です。
親の世代と今では時代が違う?
平均年収は毎年下がっている?
でもそんな事を言ったって、非力な俺には何も出来ない。
ならば、遅くなってでも努力をするかしないか。
現実は非常に簡素的な一面も兼ね揃えていると思う。
ようやく昔の自分が思い描いてた「普通」を手に入れた今
次に望む展望は、家族の健康と子供の成長。
そして、将来的には孫の顔が見たいという事。
それ以外の事は、ゴマ粒みたいな大きな程度なんだと思う。
これが大きな贅沢なのか、それとも普通の夢なのか
それはわからない。
不安になるから、現実を頑張っていけるんだとも思う。
もっと若くして、凄い幸せを与えてくれた両親に感謝です。
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