1と2と3と

山に登ったこと、パソコンのこと、ケガをしたこと・・・
元々は自分誌だったものが、最近はボケ防止に様変わり。

姉のこと

2017年05月13日 | Weblog

今年になって二人の姉を送ることになって、残るは自分ひとり。

今回逝った姉とは中学まで一緒だったが、それ以降は殆んど会う機会も無く
年賀状だけの繋がりになっていたが、昨年「一度おいでよ」ってお呼びが掛って
訪ねたのも今にして思えば不思議な気がする。


姉がお世話になった方と葬儀の準備をしていて、「そうだったんだぁ」とビックリの話を聞いた。

以前、「太平洋と日本海を桜で繋ぎたい」と名古屋城から金沢兼六園までを結ぶバス路線の街道沿いに
桜を植え続けた、バスの車掌佐藤良二の話を聞いたことがあるが、まさか姉が映画化を思い立って
同じ岐阜県人の神山征二郎監督に思いを伝え「さくら」という映画を作るに至った経緯には驚いた。

この映画作りの発起人になって「岐阜さくらの会」を立ち上げ主宰を努めていたとは
製作費を集めるために、企業や著名人との人脈を築き、一方で俳優やスタッフの打合せと
息抜きの場として自分の店を充てていたとは驚きである。
会の活動日本のみならず海外にも広がり現在も500人を超す規模で引き継がれているそうだ。

これが縁で神山征二郎監督と意気投合して、更に美濃の一揆を映画化した「郡上一揆」も4億円もの
製作費を集めて、郡上の人達と一緒に完成に漕ぎ付けた苦労話も知った。

そんな姉の生き様だったことから、葬儀は神山映画監督を初めとして弁護士、僧侶、舞踊家、JA、新聞社、
旅行社、校長会など多彩で、仲間の僧侶がしきる読経で満足で納得の生涯を携えて旅立ったと思う。

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