姑は母親が3歳の時亡くなった。
継母に育てられたが、親を思い出さないようにした為か、実母の写真すら渡されなかったそうだ。
ひょんなことから、「学校で教師をしていた時の、生徒と写った写真が出てきたよ」と、姑の妹が数日前に送ってきてくれた。引き伸ばして大きな写真にして・・・。何回も何回も一枚の写真に見入っていた。
写真を見てそのころの事が鮮明によみがえったようだ。「輪郭が似ているね」
「こうしてあんたには話しちゃうけれど、T(娘)にも細かい事は言ってないんだよ」と当時のことをぽつり、ぽつり話し出した。
再婚した継母に妹と弟が産まれたことで、
かなり辛い子ども時代を送ったようだ。こんな事も、あんな事も・・・。
相当悔しい思いもしたようであるが、育ててもらったのだからと、ずっと封印して来たようだ。
聴いている私は、涙がぽろぽろ。
ただ聴くだけ、どうする事もできない。
戦争という時世でどうしようもなく、東京から田舎に嫁ぎ、天と地ほどの生活習慣の違いに悩み、何回家出しようと思ったか知れないという話しは聞いた事がある。それだけでも苦労の連続だったのに、そんな小さい時も・・・。胸が詰まった。
”子どもを決して自分と同じ目にはあわせたくない”強い思いで、家出も踏みとどまることができたと言う。
強い精神力で戦中、戦後をたくましく生きた姑は、威張ることなく、私達にはいつも明るく振舞って、かいがいしく働き、家の中をずっとまとめてきてくれた。
好きな事をさせてあげたいが、今は足は弱り、大分気力も失せている。
「今更、したくても体が動かないからね・・・。」そんな言葉がまた涙を誘う。
ただ聴いてあげるしかない。
「この写真はお棺にいれてね」と頼まれた。「わかったよ」
最近は普段の何気ない会話の中で、そんな話ばかりするようになって来ている。
継母に育てられたが、親を思い出さないようにした為か、実母の写真すら渡されなかったそうだ。
ひょんなことから、「学校で教師をしていた時の、生徒と写った写真が出てきたよ」と、姑の妹が数日前に送ってきてくれた。引き伸ばして大きな写真にして・・・。何回も何回も一枚の写真に見入っていた。
写真を見てそのころの事が鮮明によみがえったようだ。「輪郭が似ているね」
「こうしてあんたには話しちゃうけれど、T(娘)にも細かい事は言ってないんだよ」と当時のことをぽつり、ぽつり話し出した。
再婚した継母に妹と弟が産まれたことで、
かなり辛い子ども時代を送ったようだ。こんな事も、あんな事も・・・。相当悔しい思いもしたようであるが、育ててもらったのだからと、ずっと封印して来たようだ。
聴いている私は、涙がぽろぽろ。
ただ聴くだけ、どうする事もできない。
戦争という時世でどうしようもなく、東京から田舎に嫁ぎ、天と地ほどの生活習慣の違いに悩み、何回家出しようと思ったか知れないという話しは聞いた事がある。それだけでも苦労の連続だったのに、そんな小さい時も・・・。胸が詰まった。
”子どもを決して自分と同じ目にはあわせたくない”強い思いで、家出も踏みとどまることができたと言う。
強い精神力で戦中、戦後をたくましく生きた姑は、威張ることなく、私達にはいつも明るく振舞って、かいがいしく働き、家の中をずっとまとめてきてくれた。
好きな事をさせてあげたいが、今は足は弱り、大分気力も失せている。
「今更、したくても体が動かないからね・・・。」そんな言葉がまた涙を誘う。
ただ聴いてあげるしかない。
「この写真はお棺にいれてね」と頼まれた。「わかったよ」
最近は普段の何気ない会話の中で、そんな話ばかりするようになって来ている。







