大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2017年04月29日 | 写詩・写歌・写俳

<1948> 余聞・余話 「 芭蕉の句作についての考察 ~聴覚による句に寄せて~ 」

        対象に近づき触れて芭蕉の句 すなはちそこに旅人芭蕉

    古池や蛙飛び込む水の音

   閑かさや岩にしみ入る蝉の声

   秋深き隣は何をする人ぞ

 これらの句は松尾芭蕉が耳を傾け聴覚をして詠んだ人口に膾炙している名高い句である。「古池や」の句は『蛙合』(仙化編)に見える蕉風前期、「閑かさや」の句は『奥の細道』の立石寺での作で、蕉風中期、「秋深き」の句は『笈日記』に見える最晩年の蕉風後期の句である。もちろんのこと、この三句のみではない。芭蕉が聴覚をして詠んだよく知られる句はほかにも見え、生涯の全句の中に散りばめられ、芭蕉の作句の特質をよく表していることが指摘出来る。

 個々の句における鑑賞については既に多くなされているので、ここでは鑑賞を主眼とするのではなく、芭蕉の聴覚によって作られた句から考えられる作句全般の傾向や特質を考察してみたいと思う。まずは『奥の細道』の中に見てみよう。

   行く春や鳥啼き魚の目は泪          鳥の囀る声はけなげに季節を告げる。

   野を横に馬牽きむけよほとゝぎす      ほとゝぎすは鋭い鳴き声の夏に渡り来る鳥である。

   風流の初めやおくの田植うた         田植えの風景に遭遇したその情景を田植え唄で伝えている。

   蚤虱馬の尿する枕もと              馬の小便は凄まじかろう。音と臭いと熱気とが句にほとばしる。

   這ひ出よかひやが下のひきの声       「かひやが下」は蚕室の床の下。「ひき」はヒキガエルで、ここでは鳴き声の存在。

   閑かさや岩にしみ入る蝉の声         この声の主はハルゼミの類であろう。「岩にしみ入る」は芭蕉の心にしみ入るに等しい。

   荒海や佐渡によこたふ天河           「荒海」からは激しく荒れる波の音。「天河」の静寂との対比。そして、芭蕉の孤心が加わる。

   塚も動け我が泣く声は秋の風          秋の風の音に自分の内なる声が意識され、同和している句と知れる。

   むざんやな甲の下のきりぎりす         きりぎりす(コオロギ)は「かひやが下のひき」と同じく、鳴く声によって知覚されたのである。

 以上のごとく十句に及ぶが、旅の初めから聴覚による句は散りばめられ、ほとんどがよく知られる名句ばかりであるのがわかる。ほかにも聴覚による句は見える。『野ざらし紀行』や『笈の小文』の中のよく知られる句で言えば、次のような句があげられる。

   海くれて鴨の声ほのかに白し          白いのは暮れた海より聞こえ来る鴨の声。これは芭蕉の対象に近接して得た産物である。

   水取や氷の僧の沓の音             水と火による修二会の行法を練行僧の沓の音で表現した近接、肉薄するまさに聴覚の句。

   ほろほろと山吹ちるか瀧の音          ごうごうたる滝(激湍)の音に対し、静かにひとひらひとひら散りゆく山吹の花びらの眺め。

   ちゝはゝのしきりにこひし雉の声         ケーンケーンと鳴く切ないまでの雉の声。心は父母への思い出に向かったのである。

 ほかにも聴覚をして生み出された名高い句は見える。私が魅せられる人口に膾炙している句で言えば、次の二句をあげることが出来る。

   花に雲鐘は上野か浅草か            やはりこの句にも視覚に聴覚の感覚をして一句を作り上げているのがわかる。

   芭蕉野分して盥に雨を聞く夜かな      芭蕉庵にはバショウが植えられていた。 盥(たらい)は雨漏り受け。粗末な庵の佇まいである。

 以上のごとく聴覚により生まれたこれらの句は芭蕉の生涯にわたる句の中に散りばめられている。聴覚はイコール音に関わることであり、音は目で捉える視覚の色や形に加え、対象の内実を知る上に重要な働きを有する。その働きによって句の表現に深みが生じることになる。この聴覚によって句を成すという特徴は芭蕉の句作における対象への向かい方によるものであり、句作の要諦を物語るもので、芭蕉の句一句一句の作法に通じるものと考えられる。これを逆に言えば、素材へ近接、肉薄する環境において作句がなされて来たという芭蕉の作句方法に通じるわけで、芭蕉が生涯を行脚の旅に費やし、旅を友として、句の成果を得て来たことに大いに関係していると言える。

                                     

 つまり、芭蕉が各地の名所や旧跡を訪ねる行脚の旅を生涯続け、その旅先で亡くなったことにもこの聴覚による句の数々は通じている。よく芭蕉は絵描きでもあった同時代の俳人与謝蕪村と対比され、同じ五月雨によって増水した川を詠んだ句などが比べられたりするが、芭蕉の「五月雨をあつめて早し最上川」に対し、蕪村の「五月雨や大河を前に家二軒」は素材対象への向かい方が異なるわけで、二人の立ち位置がよくわかる例としてあげられる。

 芭蕉には旅の途にあって川の増水に直面し、その状況に接し肉薄して五月雨の句を得ている。これに対し、絵をよくした蕪村には川より離れたところから絵を描くような視覚、つまり、絵画的手法によって句を成しているのがわかる。芭蕉の句からは荒まじい濁流の音までが聞こえて来るところがある。これは「荒海や」の句と同じで、聴覚の句に加えてもよかったかと言えるところがある。

 果たして、聴覚というのは視覚に比べ、句作の対象により近接して発揮され、芭蕉のように旅によって句作の対象に触れて句を作る立ち位置においては聴覚による句というのは、旅の折々、必然的に生まれて来るということになる。逆に言えば、対象に近づき、肉薄して句を作る手法ゆえに聴覚による句は自ずと生まれ来ることになる。これに加え、芭蕉には名所、旧跡に興味を抱く歴史への関心と造詣が深く、歴史的知識を基にした肉薄する感覚によって句を成す姿がうかがえ、「むざんやな」の句のように聴覚による句が生まれたということが出来る。

 つまり、これら聴覚をして成し得た芭蕉の名高い句の数々は、単なる偶然によって生まれたものではなく、旅に重きを置いた芭蕉の俳句に対する日ごろの向き合い方に負うところが大きく、言わば、芭蕉の聴覚による声や音に関わる句の大半は対象への近接、或いは肉薄的産物であり、旅を友として生涯を送った自ずからなる必然のものと言ってよいように考えられる。 写真はイメージで、増水した川で、右往左往するカルガモたち。   外(と)に出でよ五月のときを得んために

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 大和だより ~写詩 写歌 写俳... | トップ | 大和だより ~写詩 写歌 写俳... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

写詩・写歌・写俳」カテゴリの最新記事