大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2016年12月07日 | 写詩・写歌・写俳

<1804> 余聞・余話 「ネット社会に思う」

         パスカルの言葉の中に身を置けば 世界はこの身の内外にあり

 私たちの社会は自分と他人から成り立っている。この単純な原理をパスカルは自分と宇宙の関係性において私たちに語った。パスカルは『パンセ』の中で「宇宙は私をつつみ、一つの点のようにのみこむ。考えることによって、私が宇宙をつつむ」(前田陽一・由木康訳)と言っている。「考える」を[意識する]にしてもよかろうし、「宇宙」を「社会」と置き換えることも可能だろう。

 現在の世界はネットの情報によって大きく揺さぶられているのを痛感するが、揺さぶられているのはまさに「点」のごとき私たち個々人で、世界はこの個々人から成り立っているから、個々人が揺さぶられる状況にあれば、この状況は概して全体に及び、全体の社会乃至は世界が揺さぶられるということになる。これは当然のことと言え、また、その逆もあり得るわけで、パスカルの言葉からはこういう次第も教えられる。

  こうしたネットの情報に影響される社会や世界の展開をうかがうに、これは18世紀後半、英国に始まった機械化とエネルギーの革新による産業革命に匹敵すると言っても過言ではない気がする。そして、このネットに参加して私の考えを発信したりして行くと、私以外のネットに繋がる外側の世界をも包んでしまう気分になる。これも『パンセ』の宇宙観に等しいものがある。

  このネットによる情報社会は、マスコミュニケーションによる一方向性の情報伝達の機能を越え、今までの価値観や秩序のあり方が根本的に問い直されて行く気がする。言わば、このネットの影響する社会の登場はネット革命とでも名づけたがよかろうと思われる。このネットの特徴は大きく言って二つある。一つは国境を越えて全世界を一つの情報網で繋ぐこと。それも瞬時に、双方向性のコミュニケーションをして可能たらしめること。

  今一つは私(個)も公(全)もすべてをひっくるめて情報を共有化出来るということである。これは今までの一方向性のマスコミュニケーションを越える情報伝達の方法で、個々人の意志の表明や拡大が図られ、これによって社会や世界の評価並びに秩序を大きく変える働きになって来るわけで、その影響が今日著しくなっていることが指摘出来る。

 これは、ネットというものが年齢、性別、職業、人種、階級、貧富に関わらず誰もが差別されることなく、自由に参加出来る仕組みになっていることに関係している。善し悪しは別にして、ネットは世界中の個々人に自由自在な情報の網の目の広がりを提供し可能にした。それも双方向性のコミュニケ―ションにおいてである。

              

  この双方向性というのは、ネットによって一つの意見が発せられた場合、その意見は関心が持たれる内容であれば、賛否の意見がその意見を受けた個々人から発せられたちまちのうちに話題になって世界を席巻するという特質を有している。現在巻き起こっている韓国の大統領に絡むスキャンダル事件のニュースも、瞬時にして世界にその名を馳せたPPAPのピコ太郎の現象もこのネットの二大特徴に絡んでその情報は世界の隅々にまで及んでいる次第である。つまりは、こういうネット社会乃至は世界の時代をネットは作り上げたのである。

 韓国のスキャンダル事件の方は、ネットの前述の特徴から言えば後者に当たり、ピコ太郎の方は前者に当たる。ネットには公私を問わず、あらゆる情報が行き来し、その情報は入り乱れて、区別などなく、秘密裏には行なわれるものながら、何かのきっかけで表面化すると、消し難い証拠として残り、例えば、韓国のスキャンダル事件のように、秘密裏の悪事も言い訳出来ないところにまで追い詰められることになる。

  このネットの役目は今までの秩序を変えることに繋がって来ることは必然で、マスメディアなどの権威主義もネットの世界に曝され、見透かされることにも繋がる。そのよい例は、ネット社会の国民感覚が読み解けず、権威を振り回したマスメディアが票を読み間違えた米国の今回の大統領選に見えたと言える。票が読めなかったということはネット社会の国民の声を掬い得なかったことになり、マスメディアの権威というものが問われることになったと言えるわけである。今後もこの傾向は現われると言えるだろう。

  ネット社会でなく、これまでの社会的仕組みでは、韓国で巻き起こっているスキャンダル事件も多分、どこかでもみ消され発覚していなかった可能性があるかも知れないけれど、ネットに乗っかった情報は簡単には消せず、秘密のやり取りを行なう悪事の首謀者にはネットが命取りになることに繋がったというわけである。

  ピコ太郎の方は説明することもなかろう。ただ、ピコ太郎から気づくことはこれが動画によるものであるということ。これは世界に及ぶネットにしても、言語の壁というものが制約として立ちはだかっていることを暗には物語るものである。この言語の障壁が取り除かれるとき、ネットの威力はますます大きくなる。まだ、こうした障壁はあるが、こういう次第で、ネットはパスカルの宇宙に等しく、利用する私たちは点の存在であるけれども、全世界と等しい比重を持ち得て、考えを加えれば、ピコ太郎のごとき発信者には「宇宙をつつむ」パスカルが意識されることになるわけである。

 もちろん、韓国のスキャンダル事件もピコ太郎の現象も、これらは一つの例であって、世界の動向を見渡せば、ネット社会の有する特徴を反映した動きがそこここに見受けられる。それは一つにグローバル化の加速であり、文化の共有を進めていることなどもあげられる。これは観光スポットの売り込みなどに発揮されているが、双方向性のゆえに、上下の隔たりがなくなっていることも指摘出来る。ど田舎の風景がネットに乗って一躍有名になっているケースなどは最近よく耳にすることである。

  また、ある一つの思想とか考え方に共鳴するネット社会の構築が一つにはある。よい例が過激派組織のイスラミックステート(IS)の台頭で、この実体不明瞭な国家的組織がネットに支えられている実態は既に語られて久しい。これはネットが個々人を繋ぐことを可能にし、双方向によるコミュニケーションの役割を果たしているからで、その世界の動向から見て、このネットの役割は、一つにグローバル化、今一つにポピュリズムの広がりに影響を及ぼしていることに結びついていることが言える。

  その状況は、英国の欧州連合(EU)からの離脱をはじめ、米大統領選にも現れたし、韓国の現状にも一因していることが言える。とにかく、善し悪しは別にして、ネット社会の到来によって影響されている私たちの動向は大きく様変わりして来ていることが言える。  写真は大統領に絡むスキャンダル事件による韓国国会の聴聞会(左)とピコ太郎 (ともにテレビの映像による)。

 

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