ひげ爺さんのお散歩日記-2

日々新た、今日は今日、明日は明日の風が吹く

「カーネーション」 ナデシコ科 

2017年05月14日 21時31分22秒 | 日記
      「カーネーション」 ナデシコ科 ☆5月15日の誕生花☆ 
           花言葉は… 無垢で深い愛(全般)

 

 今朝の最低気温は午前3時の14.7℃。  最高気温は午後3時の25.3℃。
今日は終日青空が広がり、汗ばむ陽気の一日でした。


  《朝散歩… ご近所 4.1㎞ 5,844歩 1時間15分》
散歩に出た9時の気温は21.4℃。 今日は広島から妹が母の様子を見に来ます。
いつ迎えに来てくれとの連絡があっても良いように、近場をちょこっと散歩しました。


 昼過ぎに車で駅に迎えに行き、その足で母の見舞いに行って来ました。
妹が 「お母さん、私が誰かわかる?」 私が 「お婆ちゃんの娘の和ちゃんよ~」
母少しの間、薄目を開けるのですが、すぐに目を閉じて眠ってしまいます。
結局、自分の娘だとは分らなかったようです(汗。
それでも妹が母の頭をなでたり、手を擦ったりすると、子持ち良さそうにしていました。

夕方、妹が帰る前にもう一度母を見舞いました。 この時は目をしっかり開けていて、
声は出しませんでしたが、妹の呼びかけに小さく頷いていました。
自分の娘だと分ったと思いたい。 
妹は義母のお世話も有るので、日帰りで帰って行きました。


 5月の第2日曜日、今日は母の日ですね。
母の日… 【1905年5月9日、アメリカのクリスチャンの女性アンナ・ジャービス
という人の母親が亡くなりました。 彼女は、「亡き母を追悼したい」という想いから、
1908年5月10日、フィラデルフィアの教会で白いカーネーションを配ったそうです。
この風習がアメリカのほとんどの州に広まり、1914年ウイルソン大統領によって
「5月の第2日曜日を母の日とする」 という母の日議案が制定されたのです。 
日本では昭和24年頃からアメリカにならって、5月第2日曜を母の日とすることになりました】


 今日の花は 「カーネーション」 です。





「カーネーション」 は “ナデシコ(撫子)” の仲間です。
「カーネーション」 と “ナデシコ(撫子)” の違い、何度読んでも判りません(汗。
なので、花弁の多いものを 「カーネーション」、 一重の物を “ナデシコ” として
アップしましたが、この中に “ナデシコ” が有るかも知れないです(笑。  
原産地は南ヨーロッパ~西アジアの地中海沿岸で、日本には江戸時代に渡来したそうです。

 私が小学校の頃、“母の日” が近づくと、学校から紙で作られた胸に付ける
“造花のカーネーション” が配られました。
 
よく覚えていないのですが、もしかしたら幾らかで買わされていたのかも知れません。 
花の下に “お母さんありがとう” と書かれたリボン(短冊)が下がっていて、
裏に安全ピンが付いていました。 
お母さんがいる子は赤いカーネーションを、お母さんがいない子は白いカーネーションが
配られました。 
胸に付けたカーネーションを見ればお母さんがいる子か、いない子かは一目瞭然、
“あの子にはお母さんがいないんだぁ、可哀そうに…” 今なら差別とか個人情報とかで
大きな問題になるでしょうが、当時はそんな事など深く考えずに付けていました。




 小学校で母の日に、造花の花カーネーションを配る(付ける)という習慣というか行事は、
いつまで続いたのでしょうね。 
だいぶ大人になってあの “造花のカーネーション” は母子家庭のお母さんの団体が
内職で作っていて、家計を助けていた、と聞いた事が有りますが…。   


今日の歩数    5,844歩 (連絡を待つちょこっと朝散歩)
今月の歩数  169,779歩= 118.8km(1歩を70cmに換算)
今年総歩数 1670,729歩=1169.5km
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4 コメント

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Unknown (ふき)
2017-05-15 00:41:49
私も小学生の時
『胸カーネーション』同じ経験があります
ただ 白いカーネーションの記憶はなく
なぜなら 母ちゃんを無くしたN君も
赤いカーネーションを胸につけていたからです
N君のお母さんが天国に旅立った事を知っていたので
子供心に胸が痛くなり とても居心地の悪い気持ちでいたのを思い出します
私の子供は 31歳と29歳になりますが
彼らが低学年の頃も
同じ赤いカーネーションは存在しました
ただ 胸につけることはなく 
「ハイ母ちゃん」と 子供達から手渡され
子の責任は果たしたとばかりに
彼らは横着していました
私の心の痛みなど知らずにね・・・
同じように・・ (屋根裏人のワイコマです)
2017-05-15 10:11:02
私も昨日家内が用意したカーネーションを
もって、母の見舞いに行ってきました。
相変わらず、私を兄弟と間違えて・・・
息子だと言っても・・なんとも信じられない
様子でした。
でも病気ですから・・仕方ありませんね
食欲もあり、健康上も問題も無く・・おかげさまです
ひげ爺さんさまのお母さまも早く元気を
回復されますように・・祈って居ります。
白い造花のカーネーション (ひげ爺さん)
2017-05-15 20:44:49
ふきさん、こんばんは。

ふきさんも造花のカーネーションを付けておられましたか。
そして息子さんの時代にもまだ有った?
>白いカーネーションの記憶はなく
今回調べてみると…
【母の日の普及にはこの造花カーネーションが貢献している。
全国未亡人団体協議会が未亡人会や母子寮の授産所(職業訓練所みたいな所)で
赤(母のある子)、白(母のない子)のカーネーションを作り、
全国に売りさばいて資金を作りはじめたからだ。
だが色で区別を付けることは「童心を傷つける」という声があがった。
特に義母に育てられた子はどちらか迷う場合があり、
昭和三十五年からは赤に統一された】 そうです。

>「ハイ母ちゃん」と 子供達から手渡され、子の責任は果たしたとばかりに…
はjっはっは、カーネーションを母に渡せば、子供の勤めを果たした?(笑。
食欲 (ひげ爺さん)
2017-05-15 20:54:58
屋根裏人のワイコマさん、こんばんは。

そうでしたねぇ、ひげも何か花でも持って行けばよかった(汗。
>食欲もあり、健康上も問題も無く・・
それは良いですねぇ。
ひげの母も食べる事には人一倍執着していたのですが…
食欲が亡くなった途端に弱ってしまいました(汗。
元気な時 「お婆ちゃんが食べれんようになったらおしまいよ」
と言っていたのですが、その通りになってしまいました。
ご心配、ありがとうございます。

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