private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over09.11

2019-03-24 07:24:13 | 連続小説

「 …聞いてもらえれば、自分もまだ大丈夫だって助けられている。これは、わたしの勝手な思い込みってだけで、ホシノくんになにかしてもらおうとか、そういうつもりじゃないの。だってね、どこかに最後の望みを確保しておかないと、人って、ううん、わたしは、生きていけない… こういう言い方はホシノくんには、キツイ話だったかな」
 それは大人になれば、つらくたって関わっていかなきゃならないことが、どうしてもあるって、暗に言われているようだった。関わったとしても、どこで切りをつけるかは自分次第のはずなんだけど、それが簡単ではないらしい。
 おれも少しは理解した、、、 フリをした、、、 おれだっていっぱしに大きくなって、身長も伸びきったから、もうこれ以上成長することはないはずだ。これまでは自分に実感はないけど、気がつけば身長が伸びていたり、体力がついてたり、それこそ走るスピードがあがってたり、、、 ちんこの毛も生え揃った、、、
 だけど、だれだって、いつかはその成長が止まる時がくるんだ。そんなこと認めたくないから見ないフリしてたって、いずれは止まる。すべてが止まる。あとは劣化していくだけって、それを認めるのは、なんだか生きている意味を否定しているようだから。
 洗濯が終るにはまだ時間がかかる。キョーコさんは本当にしなきゃいけないことがあるはずだ。キョーコさんは誰かからの、、、 たぶん、おれからの、、、 後押しを、それも偶発的な後押しを期待している。キョーコさんは驚いたように、伏せていた顔をこちらに向けた、、、 すべては変換されていく。
「アナタ… ううん、ホシノくん。そうだった。ここに来たのは、ソレをするためだったから」
 ソレって、なにするのか、おれにはわからないけど、、、 まだ子供なんで、、、 変な気をまわしすぎ。少なくともおれが濡らした洗濯物の、手伝いに来たのではないことは確かで、倉庫にひとりでいる永島さんと、サシで話しをするには絶好のタイミングだ。
「ホシノくん。部屋干は、洗濯物同士がくっつかないように、間隔を10センチくらいあけてね。衣類が重なると、そこだけ半乾きになっちゃうから。作業着はポケットとかが多いから、扇風機で風を当ててあげると乾きがいいわ」
 最後は笑って言ってくれたキョーコさんだった。おれはまた、将来いい奥さんになる豆知識をひとつ手にして、、、 それを活用することはない、、、 はず、、、 キョーコさんを送り出す。
「人間って、いろいろな経験をして成長していくんだけど、経験が成長を妨げることもある。いいことばかりじゃないから臆病になったり、変に先読みして身動きがとれなくなったり、子供の時のように思いきった行動がとれなくなる。おかしな話しよね。成長と後退は同一線上にあり、行ったり戻ったり、結局は同じ場所にとどまり続けているのかもしれないし、そうなった時点で自分の役割は終わっているのかもね」
 脇に立てかけてあった濃紺の傘を広げて、黒のロングブーツがゆっくりと歩んでいく。重い足取りは変わっておらず、昨日の再放送を見ているようだった。
 キョーコさんの言うことは、おれにもよくわかり、それは決してキョーコさんだけが感じてるわけではなく、少なくともおれも同じように弱腰になることは年々多くなり、経験を活かしてうまく立ち回れたともいえるし、同時に思い切りがなくなったともいえる。
 事務所の裏口で見送っていたおれに、マサトが寄ってきた、、、 必ずこういうタイミングで現れる、、、 少しは浸らせろって。
「あれ、キョーコさん、来てたんだ。今日は、差し入れなかったのかなあ。あっ、オマエ、ひとりじめしたんじゃないだろうな。これまで食べれなかった分、挽回しようって」
 オマエじゃないって。まったくマサトの図々しさっていったらありゃしない、、、 経験を糧に、少しは自重することを覚えろよ。
 おれがひとりじめしたのは、キョーコさんの手作りクッキーとか甘いモノではなく、ふたりのあいだに横たわる苦い関係性だ、、、 口当たりも悪く、飲み込んでも腹に重く、数日かかっても消化できそうにない。
 なんだかマサトに関わるたびに、厄介がやってくるんじゃないかと思うと、昨日コイツの悩み話しを聞かなくてよかったと安堵した、、、 もうこれ以上の面倒ゴトは、さすがにノドを通らない。
「あっ? あれな。あれはまだいいや。オレにはまだ早いから。ははっ」
 なにが? マサトのワケのわからない理由を耳にしたら、ついついキョーコさんに代わって文句のひとつも言いたくなる。永島さんに無責任に傾倒しているマサトに、、、 誰だって無責任だけど、、、 でも、少しは現実を認識させてやりたくなってくる。
 ホントにまた、永島さんがレースで勝てるようになると思ってるのか。いったいどこにその根拠があるのか。無責任な期待をまわりがするから、永島さんも引けなくなってるんじゃないのか。クルマいじってても、走ってなきゃしょうがない。鉛筆ばっかり研いでも、成績上がらないと同じだよな。
「そうだよなあ。図書館行くふりして、スタンドでバイトしてちゃ、成績上がらないもんなあ」
 うるさいよ。おれの指摘は功を奏さず、逆に妙にうまい揚げ足の取り方されて、おれの例えの貧困さが際立つばかりになったじゃないか。それに誰のせいでこんな状況になっていると思ってるんだ、、、 最終的にはおれのスケベ心のせいだけど。
「先輩さ、ちゃんと走ってるぜ。土・日になるとサーキットに行ってるんだ。だから、土・日はいないだろ。おかげでキョーコさんの差し入れもない」
 おかげでおれもキョーコさんも土・日は大忙し、、、 マサトのボヤキはこの際どうでもいいとして、だから土・日は人手がたりなかったんだって、いまさらながらに納得していた。事務所に戻るヒマもないから、永島さんがいないなんて知らなかった。
 じゃあなにか、いまだってそうだけど、それってずいぶんココに、スタンドに、つまりは会社に迷惑かけてるんじゃないの。職場の私物化っていうか。おれのふところが痛むわけじゃないからどうだっていいけど、いまは口が止まらない。
「えっ? どうゆうこと? ああ、仕事をおろそかにしてるって? いいんだよ、永島さんここの石油会社とスポンサー契約しているって言ったろ。クルマにさ、ステッカー貼ってレース出ると、それだけで宣伝になるんだ。上位に入賞とかすれば、注目度も高いからさ。充分もととれてるんじゃない。会社としては」
 はあ、そうっスか、、、 つまりさ、スポンサーとかいっても、別にカネをもらえるわけじゃなく、仕事中の自由のみを保障された、いわゆる子飼いってヤツなんじゃないの。会社的にはなんの損もなく、永島さんが自分の責任の内に成り立っているわけで、、、 ひがみもあって、そんな穿った見方をしてしまう。
「なに? そうなの? よくわかんないけど、いいんじゃないそれで、お互いそれで納得してるなら別になんの問題もないだろ、永島さんもステッカー貼ってレースに専念できて、会社も永島さんが目立てばそれでいいわけでさ。なんか気にかかる?」
 気にかかるのはおれじゃなくてキョーコさんだろ。そんな境遇じゃあそりゃ生活も大変だ。それなら実際の場所より、現実は下に居るはずで、対等だと思っている相手に、いいように遣われてるなんてことはありがちで、それで自分が納得していればいいけど、踊らされてるだけなら惨めでしかない。自分がどこに属しているか、自分でわかっているって、わかっているようでわかってない、、、 どっちだ、、、 
 マサトは単純にステッカー貼って、いいとこ見せるのが宣伝効果だと思っている。目立つってことは、それを見る位置で意味合いは変わってくるだろ。自分のカッコ良いところを見せて目立てばいいと考えるのは自分だけで、まわりがそれだけを期待しているわけじゃない。
 なにをしたって注目を浴びればいいわけで、それこそ、抜かれたり、コースからはみ出したり、そして事故でクルマがつぶれたって、目立つには変わりない。
 おれがそんな見方しかできないのは、陸上の競技場では有力選手が抜かれたり、走れなくなってコースから出たり、転倒してケガしたりしたヤツに注目が集中するからだ。それに自動車レースでそうなるのは、まるで自分の命を切り売りしているようで、キョーコさんにしてみればたまったもんじゃないだろう。
 それで、その程度のスポンサーで、毎週レース場に通ってるとなれば、かかる金もバカにならないだろうし、、、 あとで知ったんだけど、おれの想像以上だった、、、 クルマだってそのたび整備してるだろうし、ここで働くだけでそれを賄えるとは思えない、、、 おれにだってそんな計算できる。
「そりゃなあ、ほとんどつぎこんじゃってると思うよ。生活費はキョーコさんの給料でやりくりしてるんじゃない。いやあ良妻賢母だなあ」
 オマエな、そこまでわかってて、よく差し入れ、ねだる気になるね。おれがほとほとあきれてるのに、マサトはさらに輪をかけるあつかましさで応える。
「そうか? 二人で頑張って夢に向かって生きてるんだ。うらやましくって、オレも少しはあやかりたくて。それで、おいしいお菓子をいただいてるわけだよ」
 オトコは夢を追ってればいいけど、オンナは現実に追いかけれるている、、、 なんてな、おれもわかったこと言っちゃって、、、


最新の画像もっと見る

コメントを投稿