スーパーロボット大戦.マクロス二次創作ブログOR日本史教官.長田義家。

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平野長泰

2017-08-09 00:07:58 | 戦国武将図鑑
平野長泰
【諱】長泰
【苗字】平野
【朝臣】平
【生没】1559年ー1628年
【父親】平野長治
【母親】堀田道悦(正定)の娘
【兄弟】
平野長時
平野長景
平野長重
平野長和
平野武右衛門
女(真野興次の養女)
【正室】土方雄久の娘
【子息】
平野長勝、女(下間仲虎室)
【解説】
桓武平氏直方流と称した鎌倉幕府の執権北条氏の庶流横井氏の末裔平野長治の子として生まれる。
ただし、父は舎人親王の子孫船橋氏の一族で婿養子なので男系子孫ではない。
1579年に父と共に羽柴秀吉に仕えた。
本能寺の変の後に起きた羽柴秀吉と柴田勝家の抗争である賤ヶ岳の戦いで決戦をした際に、福島正則、片桐且元らと共に格別の働きをして一番槍の巧名を顕したと賞され、賤ヶ岳の七本槍と称えられた。
小牧・長久手の戦いでは羽柴秀次が敗走する中で敵に突進して首級を挙げ奮戦する活躍を見せる。

従五位下遠江守に叙任され、豊臣姓を下賜された。
徳川家康の会津征伐に従軍して、関ヶ原の戦いでは東軍に属した。
徳川秀忠に従って中山道隊に加わったが、真田父子の足止めがあり対した手柄を立てていない。
その後も二条城普請を行う手柄を立てるが、大坂の陣で豊臣側につけないか家康に直訴するが当然のように拒否された。
以後何もできないまま、旗本として過ごし将軍家光の代まで長寿を全うする事になる。
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