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増田蔵・佐忠商店

2016-12-28 03:09:24 | 活動内容
横手市増田は蔵の町として秋田の観光地になっています。
その蔵の通りに佐忠商店さんがあります。
北都銀行(増田銀行)創設者の蔵を改装し、店舗兼休憩所として営業しています。
蔵の見学は無料で開放しております。


佐忠商店のほし餅や特産品も買い求められます。
今日は珈琲とぜんざいを食べました。

増田の蔵へお出かけの際は是非お立ち寄りください


<蔵の豆知識>
・内蔵~外部との隔絶によって今日まで伝承
 明治のはじめの一時期、この増田は “蛍町”と呼ばれた時期がありました。「蛍町」と呼ばれた由縁の一端には、短冊形の商家の主屋の最後方に立地する内蔵を指したという説もあり、真偽はともかくも当時の増田の繁栄ぶりを示すものとなっています。
 同時に外部の人間から閉ざされた内蔵という不思議な空間は、見るものの想像を様々にかき立ててきたのかもしれません。

・増田の内蔵の特徴~蔵の中に座敷があるということ
 増田の内蔵は、内部に床の間を配した座敷間を有する「座敷蔵」が最も多く、これまでの調査から内蔵全体のおよそ65%を占めることがわかっています。そもそも内蔵が建てられた始まりは、物品を収納するための「文庫蔵」がほとんどだったと推定されますが、増田地区では明治に入ってから、座敷蔵の数が格段に増加し、文庫蔵を座敷蔵に改装した例も多くあります。こうした座敷蔵は、1階の入口を入ると手前に板の間、奥に座敷間を配する2室構成となり、2階は板の間の1部屋構成で、什器類を収納する文庫蔵としての機能を持っています。
 なお、呼称については居住している方々は、単に「クラ」或いは「ウチグラ」と呼んでおり、確定した名称はありません。ただし、寺社や醸造所等については、代々座敷蔵であっても「文庫蔵」として呼び伝えている例が見られます。

・座敷蔵の用途
 他の土蔵との違いは、そこに生活空間を持つという点であり、用途は多様ですが、多くはその家の当主或いは特定の家族の居室として利用され、冠婚葬祭に利用された例も見られます。こうしたこともあり、内蔵は日常的に不特定多数の人間が立ち入る空間ではなく、家族以外の立ち入りは制限されていました。
このため、外から見えない内蔵は、長い間、家長及びその子弟限定の施設として、所在について隣家に知られない場合もあったという、極めて特殊な施設として現在に伝えられてきたのです。しかし逆に、このことが家族にとって特別な空間として、多くの内蔵が今日まで伝えられてくる要因となったのかもしれません。
 内蔵を所有するその多くは商家となっています。地区の古老は、「明治の戦前期までは家族のほか従業員も含め、20人前後の人が1軒の家で暮らしており、当時、中町・七日町では昼間人口が1,000人を超えていた」と証言します。
 商店という不特定多数の人間が常に入り交じる状況で、家族や従業員以外の者も多く住まう家の中、内蔵だけが唯一当主や家族のためだけに存在する、世間から隔絶された空間であったのかもしれません。
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