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 ワヤン・トゥンジュク梅田一座のメンバーkatakuraのブログ

映画「奇跡がくれた数式」

2016-12-28 | ときどき映画

映画「奇跡がくれた数式」より
イギリスの数学者ハーディとインドの天才数学者ラマヌジャン(右)

 一月ほど前のこと。映画「奇跡がくれた数式」を観に有楽町に出かけた。
 ここは、昔のそごう有楽町店、今は家電量販店のビルの最上階にある映画館、いつも面白い企画があるのでここにはよく来る。
 この映画館は良いのだが、ここにたどり着くには、まず家電量販店の一階から店内に入り、スマフォ売り場の人混みと量販店特有の大音量「♪ビーク・ビック!ビック!」の喧騒の中を突っ切り、エレベーターまでたどり着かなくてはならない。これがつらい。帰りも同じことを繰り返す、映画の余韻を静かに楽しむこともできず、再び大音量の喧騒の中へ突入することになる。毎回とても疲れる。
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 それはさておき、映画はとてもおもしろかった。100年前の実話。
 インドで生まれ独学で数学を学んだラマヌジャンは、その才能を数学者ハーディに認められイギリスのケンブリッジに呼ばれる。当時のイギリスはまだまだインド人への偏見と差別の社会、そして異国での生活環境の違いから、ラマヌジャンは次第に病に侵されてしまう。
 彼の素晴らしい才能がケンブリッジでやっと認められた頃、ラマヌジャンは病気のため帰国を余儀なくされ、インドに帰国後32歳の若さで病没、再びイギリスに戻ることはなかった。
 そんな苦労と成功とそして悲しいお話。でも、観終わると悲劇ではないとても爽やかな充実した感じを受けました。良い映画です。
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 物語の中で、ラマヌジャンのヒラメキ(発想)の凄さに敬意をはらう無神論者のイギリス人の数学者ハーディは尋ねる、「何故、君はそんなに素晴らしいヒラメキができるのか?」。
 インド人のラマヌジャンは、「夜があける頃、寝ている私にヒンドゥーの女神が降りてきて、私の舌の上に ”数式” を書いていくのです」と答える。感動します。
 「神を表現しない数式は無意味だ」とラマヌジャンの言葉。数式とは宇宙の真理のようなことなのでしょうか?彼の数式は宇宙を考える上で現在でもとても重要なのだそうです。
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 最近私は食べる夢を見ながら目覚めことがたびたびある。目覚めるとちゃんとお腹が空いているのだが、女神様は数式を残してはくれない。
 「健康な証でよかったわね。」と妻は笑う。


ラマヌジャン1887 - 1920
(写真 ja.wikipedia.org)
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